小さなトトとイルカのルゥー

 

 「いーち、にーい、さーん、よーん・・・・・・。」

 お風呂の中からお父さんの声。
お父さんの声と一緒に、桶でバスタブを、コン、コン、コンとたたく音も聞こえます。
お湯の中にはトトが息を止めて潜っています。
コン、コン、コンは、お湯の中でお父さんの数を数える声が聞こえないかわりの
音の合図。トトとお父さんとの秘密の特訓です。お母さんには内緒。

 「じゅーいち、じゅーに、じゅーさん・・・・・・。」

トトはまだお湯の中。

「にじゅーいち、にじゅーに・・・・・・。」

23を数えようとしたその時、トトはとうとう苦しくなってお湯の中から顔を出しました。

「ぷはぁー」

「はははっ。トト、よくがんばったなぁ。20を超えだぞ」

「これでイルカさんたちと遊べるかなぁ」

トトは、顔に付いたお湯を、両手でプルプルっと拭きながら答えました。
そうです。今度の日曜日には、家族でイルカを見に行くのです。
いえいえ、イルカと泳ぎに行くのです。

 日曜日の朝にはイルカのいる海へ着くために、
トトたちは、土曜日の夜から船に乗りました。船の中でお泊りです。

***

 土曜日の日、お家を出たのは夜の8時頃。トトは、ワクワクワクワク。
少し興奮気味です。船が止まっている場所に着くと、大勢の人がいました。
海の中に潜ってお魚やイルカと遊ぼうと思っている人たちでいっぱいです。
トトはますますはしゃぎだしました。

 「ねぇねぇ、みんなイルカに逢いに行くんだね!!」

 「きっとそうね」

 「トト、お船の中では静かにしているんだぞ。
それに早く寝ないと、イルカさんたちに逢えないんだぞ」

 「わかってるよ。わかってるよ」

そう返事をしながらも、トトは目を輝かせています。

 さあ、トトたちは、大きな船に乗り込みました。トトの部屋は4人部屋の個室です。
畳の部屋で、お布団も付いています。トトのウキウキはもう止まりません!

 「すごいね、すごいね、お船にお部屋がついているんだね」

 「そうよ、トト。ここで眠って、朝起きたらイルカさんに逢えるのよ」

お母さんも、本当は、トトと同じくらいウキウキ、ウキウキ。

 「さぁみんな、早く眠ろう」

そして、お父さんも本当は、二人と同じくらいワクワククワク。

三人は、ほんの少しだけ船のデッキから夜の海を眺めてから、
部屋にもどって明日のために眠りについたのでした。

***

 朝です。朝といってもまだ5時頃です。
船はイルカの住んでいる『小さな島』へ行くためのボートが出ている『大きな島』へ
到着しました。ゆっくりとゆっくりと、船は島の淵へ近づいていきます。
イカリが下ろされました。船のゆれが次第に止み、みんなが降りる準備をしています。
トトたちも準備しています。

 「まだ眠いよ、お母さん」

本当に眠たそうな目をこすり布団に潜ったまま、トトはお母さんの顔を見上げました。
実は、お母さんもとても眠たそう。
トトは、何だかおかしくなって笑い出してしまいました。

 「どうしたの、トト?」

 「何でもないよ。今日は楽しいね、イルカさんに逢えるんだよね」

 「そうよ、トト」

トトは、起き上がって髪をとかしてもらいました。
そして三つ網のおさげにイルカの飾りのついたゴムを結わいてもらいます。

 「さあ、船を下りるぞ。ここから一度旅館に行って朝ご飯を食べて、
ちょっと休憩したらイルカの住んでいる小さな島へ出発だぞ」

お父さんは何だかいつもよりとっても張り切っています。
トトはまたおかしくなって、笑い出してしまいます。

 「何だ、トト。何がそんなにおかしいんだ?」

 「ふふふっ何でもないよ。今日は楽しいね、お父さん」

クスクス、クスクス、トトは船を下りても旅館へ行く途中の車の中でも、
ずっと笑っていました。トトは、本当に楽しそう。

 朝ご飯は、お魚の焼いたものと卵焼きとジャガイモの煮物とお味噌汁、
そして菜っ葉のおひたしでした。トトは、お腹いっぱい食べました。
海の近くなので、お魚は新鮮でとっても美味しくて、残さず全部食べました。

 「お腹いっぱいだぁ。こんなに食べて大丈夫カナ?
海の中に沈んじゃったらどうしよう」

 「だいじょうぶよ、その時はイルカさんが助けてくれるからね」

 「そうか、そうだね。イルカさんとお友達になれば、きっと助けてくれるよね」

 「そうだぞ、友達になれるようにお風呂でいっぱい練習したから大丈夫だぞ、トト」

 「そうだね。そうだね。」

トトは本当に嬉しそうに笑いました。

 さて、朝ご飯の後の休憩も終わって、イルカの住んでいる『小さな島』へ出発です。

***

 ブルン、ブルルン。ボートのエンジンが海に響きます。
トトは、小さなスウェットを着て、小さな水中眼鏡を付けています。
水中眼鏡の中のトトの目は、どんぐり眼でワクワクドキドキがあふれています。
ボートは海面をすごいスピードで走っています。波がくるたびにトトに
水しぶきがかかって、まるで水の上のジェットコースターのよう。
ボートから少し離れた海の上には、トビウオが海の上をとんでいるのも見えます。

 「うぁ!!!魚がとんでる!本当に魚がとんでるよぅ!!」

トトは、目をこらしながらトビウオが海面にジャンプするのを見ています。
今まで絵本の中でしかあったことのないトビウオも、
本当に見るとずいぶんと長い距離をとんでいるのがわかります。

「トト、あれが本物のトビウオだぞ」

 「ウン!すごいね、すごいね」

トビウオの群れがボートから遠ざかっていくと、
イルカのいる小さな島にもうすぐ到着する合図。
ボートはまだジェットコースターのように水しぶきを上げてフルスピードで走ります。

 「さあ、もうすぐイルカの住んでいる海に到着しますよ」

ボートを運転していたおじさんが、トトたちに教えてくれた、その時です。
トトたちが乗っているボートの横を、イルカの群れが泳ぎはじめました。
イルカたちは、ボートが上げる水しぶきと波で遊びながら、
楽しそうに着いて来ます。海面の上を飛び跳ねたり潜ったり。

 トトは、そんなイルカたちの姿をボートの縁にしがみつきながら、
夢中になって見ています。

 「うわぁぁぁぁ!!イルカさんだ、イルカさんだよ!!」

トトの目の輝きといったら、今までに無いくらいにランランとしています。
お父さんとお母さんも、そんなトトを見ながら嬉しそうにしています。

 ボートがしだいにスピードを落として、イルカの住んでいる海に到着です。
すると、今まで一緒にいたイルカたちが、スイスイっとどこかへ行ってしまいました。

 「あれ?イルカさん、行っちゃったよ」

トトはちょっぴり悲しくなりましたが、海の底の方を覗いてみると、
そこにはたくさんのイルカたちが、トトが来たことを歓迎しているかのように、
何頭もスイスイと泳いでいます。

 「準備が出来たら海に入りますよ」

ボートのおじさんの声を合図に、トトたちは身支度をはじめました。
水中眼鏡とシュノーケル、足ヒレを付けて準備完了。トトは浮き輪も付けています。
イルカの住んでいる海は、とても深くて、いざという時、トトの足は届きません。
だから浮き輪はとっても大切。

 さぁ、イルカのいる海に入る準備が出来ました。
ボートはまたエンジンを上げて、もっとイルカが泳いでいる所に移動します。
トトもお父さんも、お母さんもドキドキです。
ボートのおじさんは、イルカがいそうな海面で、スピードを落とします。
ゆっくりとボートは止まり、波しぶきがトトの顔にかかりました。

 「さぁ、海に入っていいですよ」

ボートのおじさんの一言を合図に、まずはお父さんから海の中へ、
足から飛び込みます。次に、トトが手すりを使ってゆっくりと海の中に入りました。
海の水は思っていたよりも冷たくなくて、とてもいい気持。
最後はお母さんが飛び込みます。

 3人が海に飛び込んで、水中眼鏡で覗き込んだその海の中には、
何10頭ものイルカ達がとても涼しげに泳いでいました。
トトはまるで自分が水族館の魚になったような気持です。

イルカたちは、トトたちが海に入ったことに気が付いた様子です。
イルカたちも、トトと遊びたがっているのです。お父さんは、トトに言いました。

 「トト、潜ってみるか?」

さあ、毎日お風呂で練習した成果の見せどころです。

 「うん、うん!」

トトは、シュノーケルと浮き輪を取って、お母さんにわたしました。
水中眼鏡だけをしっかりと付けて、トトはお父さんの腕につかまっています。

 「さぁ、大きく息を吸ってぇー・・・・。いーち、にいーの、さぁーん」

お父さんの掛け声に合わせて、トト
はおもっきり深呼吸しながら息を吸い込みました。

 「行くぞ!」

お父さんとトトは、その声を合図に、海の中へ潜っていきました。海の中は、
青というよりも緑に近い色で、潜れば潜るほど、その緑は濃くなっていきます。
その、緑の海の底から、何頭かのイルカたちが、トトたちに向かって泳いで来ました。
トトは、息を止めたまま頭の中で数を数えはじめました。

 『いーち、にーい、さーん・・・・・・』

またまだもぐっていても大丈夫。イルカたちはどんどんとトトたちに近づいてきます。
そして、トトたちの周りをクルクルとまわり始めました。

 『よ−ん、ごーお、ろーく・・・・・・』

その中に背びれに傷のあるイルカがいました。
ちょうど何かにかじられたようなあとがあります。
そのイルカは、他のイルカたちがどこかへ行ってしまっても、
まだトトたちの周りをクルクルとまわっています。
お父さんは、トトを腕につかまらせたまま、イルカの姿を追いかけるように
その場でクルクルとまわっています。

 『なーな、はーち、きゅーう』

すると、背びれに傷のあるそのイルカは、トトたちの周りをまわるのをやめて、
お父さんと同じようにその場でクルクルとまわり始めました。

『じゅーう、じゅーいち、じゅーにぃ』

トトは楽しくてしかたがありません。
お母さんは、水中カメラでそんな様子をパチパチと写真に写しています。

 『じゅうさん、じゅうし、じゅーご』

トトたちとそのイルカは、楽しそうにクルクルとまわっています。
お父さんは、トトが息が続くかどうかを確認しながら、
今度は、海の中をイルカと同じように泳ぎ始めました。
両足を同時に動かして、海の中をグングンと進んでいきます。

 『じゅうろーく、じゅうなーな、じゅうはーち』

背びれに傷のあるそのイルカも、お父さんと一緒に泳ぎはじめました。
あっという間に、イルかはお父さんに追いついて、そして追い抜いていきました。

 『じゅうきゅーうぅぅぅ、にじゅーぅぅぅぅ』

トトが頭の中で20を数え終わるころ、そろそろ息が苦しくなってきました。
トトは息が苦しくなってきた合図に、お父さんの腕を今まで以上に
ぎゅっとにぎりしめました。お父さんは、それを合図に、
水面の上へゆっくりと浮き上がりました。

 「ぷはあぁぁぁぁ」

トトもお父さんも、水面の上で、ゆっくりと大きな深呼吸。
先に上がっていたお母さんは、そんな二人の必死な顔を写真にパチリ。

 「お父さん、お父さん、すごかったね、イルカと泳いだね!」

トトはますます興奮しながらお父さんに言いました。
お母さんは、預かっていた浮き輪をトトに渡して、ニコニコ顔です。

 「ほら、トトもっとゆっくりと息をして・・・。
ずいぶんもぐっていたけども、大丈夫なの?」

トトは、お母さんの心配をよそにしゃべり続けます。

 「クルクル、クルクルまわったよね!イルカさんが一緒にまわってたよね!
背中のヒレヒレがかじられてたみたいなイルカさんだったよねぇ」

 「そうだったなぁ、トト。一度ボートに上がっておじさんに聞いてみようか」

 「うん、そうだね」

3人は、ボートにもどって、さっそくボートのおじさんに聞いてみました。

 「おじさん、おじさん、イルカと泳いだよ。
背中のヒレヒレがかじられたみたいだったイルカだったよ」

するとボートのおじさんは、ニッコリとして答えてくれました。

 「ほぅ・・・。そのイルカは、『ルゥー』だな。
ここらへんのイルカの中でも一番遊び好きで、人間の子供が大好きなイルカなんだ。
人間の子供と遊ぶのが大好きなんだが、気まぐれ者でなぁ、
機嫌のいい時しか遊ばないんだよ。よかったなぁ、ルゥーと遊べて。
きっと今日はとっても機嫌がいいんだ」

 「ふぅーん。ルゥーっていうんだ。
ルゥーの背中のヒレヒレはどうしてかじられたみたいになっているの?」

 「ああ、あれはね、サメにやられたんだよ。危機一髪で逃げ出したみたいだがね。
ルゥーはとっても"やんちゃ"だから、サメがいたって平気で遊んでたんだ。
そしたら、サメがじゃまだよ!って思ったのかな?
追い払うつもりでかじったみたいだね」

 「サメに食べられそうになったの?」

 「サメはお腹がいっぱいだったらから、食べられはしなかったんだよ。
もしもお腹がすいていたときだったら、もう大変だ」

 「そうだったんだ。ルゥーったら、危ないなぁ」

そんな話を聞いてから、トトはもう一度、ルゥーに逢いたくなりました。

 「おじさん、おじさん。またルゥーに逢いたいなぁ」

 「よし、それじゃあ、さっきのようにイルカのいそうな所にボートを移動させるからね
しっかりつかまっておいで」

そういうと、おじさんは、ボートのエンジンをフル回転させて、
さっきルゥーが泳いでいった方向に向かって行きました。

 ボートはしばらく海の上を走り、入り江に近い場所へと到着しました。
さぁ、2度目のチャレンジです。トトもお父さんもお母さんも、ドキドキが止まりません。
3人は、ゆっくりと海の中に入っていきました。
海の底深くには、イルカたちが列をなして泳いでいます。
海の中はとても神秘的で、上から差し込む光と、
イルカの噴き出す泡がトトたちを包み込みます。

 「さぁ、トト。もう一度頑張るぞ」

お父さんは、トトの浮き輪をはずしてお母さんにあずけました。
さっきと同じように、トトはお父さんの腕にしっかりとつかまっています。

 「さぁ、大きく息を吸ってぇー・・・・。いーち、にいーの、さぁーん」

お父さんの合図と一緒に、トトの小さなほっぺたに空気がいっぱい入って
プックリとふくれました。そして二人は海の中へ・・・・・・。
お母さんも、今度は浮き輪を船に預けて潜ります。
お母さんは、先に潜った2人に追いついて、まるで本物のイルカのように
気持ち良さそうに泳いでいます。そんなお母さんの姿を見て、
トトはちょっと寂しくなりました。
お母さんが、他のイルカと一緒にどこか海の奥深くまで
行ってしまうような気がしたからです。

トトは水の中で叫ぼうとしましたが、叫ぶことが出来ません。
トトは思わずお父さんの腕をギュッと握ってしまいました。
腕を強くつかめば『苦しい』の合図。そう決めていたものですから、
お父さんはトトの息がもう続かなくなったのかと思って、
海面へ向かって泳いでいきます。
トトは、お母さんとの距離がドンドンと離れていくのが怖くなって、
思わず手を放してしまいました。さぁ大変です。
トトはあっという間にお父さんから離れてしまいました。
お父さんもトトが急にいなくなったのでびっくりです。
あたりを探し回りますが、あっという間にトトは波に流されてしまいます。
トトは、お父さんの腕を放してしまった瞬間に吸い込んでいた息を
すべて吐き出してしまっていたので、苦しくで仕方ありません。
どうにか海面のまでは上がってこれたものの、塩水をたくさん飲んでしまって
大パニックです。トトは浮き輪がなくても少しは泳げるけれど、
こんなに波のある海の中では立ち泳ぎも限界です。
『もうだめだ』そう思って海の中へもう一度沈み始めた時です。
2頭のイルカがトトのお尻を突っついて、海面まで上げてくれました。
そのうち1頭はさっき一緒に泳いだ『ルゥー』です。
背びれにかじられた跡のある、あのイルカです。
トトは、記憶を失いながらも、もう1頭のイルカを見ました。
そのイルカは、真っ白い色をしていました。
真っ白い体で、トトを包み込んで、お父さんのところまで運んでくれたのです。
トトの記憶はそこまででした。

 次の瞬間トトは、旅館の布団の中にいました。
目を覚ますとすぐに、お父さんとお母さんの顔がありました。

 「トト、気がついたのね、良かった・・・。」

お母さんは少し泣いています。

 「トト」

お父さんは、それだけ言ってトトをギュっと抱きしめてくれました。

トトはお父さんとお母さんに聞きました。

 「ねぇねぇ、ルゥーが助けてくれたんでしょ?
ルゥーと、真っ白いイルカが助けてくれたんだよ」

 「真っ白いイルカ?」

 「トト、きっと夢でも見たんだな、ココには真っ白いイルカなんていないぞ」

 「そうよ、ルゥーがトトのことを助けてくれたのよ」

 「白い色のイルカもいたよぅ。とってもキレイなイルカさんだった・・・と思う」

お父さんとお母さんは少し困った顔をしながら、トトの頭を撫でてあげました。

 「そうね、真っ白いイルカさん、いたかもしれないわね」

 「そうだな。トトだけに見える特別のイルカだったのかもしれないなぁ」

二人は、今度は微笑みながらトトの頭を撫でてあげました。

 「さぁ、もう少しお休み、トト。お父さんもちょっとお昼寝するかな」

そう言ってお父さんは、トトの左となりにゴロンと横になりました。

 「そうね、私もお昼寝しましょう」

そういってお母さんは、トトの右となりにゴロンと横になりました。

そうして3人が川の字になって眠っている部屋の物干しには、
お母さんの真っ白な水着が風に揺れているのでした。

 

おしまい。

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