小さなトトとカレーライス

 

 おばあちゃんがぎっくり腰で入院してしまったという電話が、トトのお家に入りました。
さぁ、大変です。お母さんは看病のために病院へお泊りしなければいけません。
朝から病院へ行く支度でお母さんは大忙しです。

「トトも一緒にお泊りする!」

トトはさっきからお母さんの周りで一生懸命叫んでいましたが、

「トトがいたら気になって看病が出来ないから、お留守番していなさい」

と言われてしまいました。トトは、おばあちゃんの事が心配なのもあるけど、
実はお母さんがお泊りでお家にいなくなってしまうのも淋しかったし、心配だったのです。
だって病院なんてトトにとっては怖いことだらけ。
痛い注射や苦いお薬、お口をアーンすれば、変な棒を入れられてケホケホしてしまうし。
そんな怖いところにお母さんが一人でお泊りするなんて、信じられないのです。
猫のミーヤもお母さんの足元で『にゃぁ。にゃぁ』と鳴いています。

「トト、おばあちゃんの事はお母さんにまかせて、お父さんと一緒にお留守番だよ」

お父さんは、半分べそかき状態のトトに言いましたが、

「いやだ、いやだよー。トトもお母さんのお手伝いするのー」

と泣き出してしまうばかり。お母さんはやれやれと言う顔をしながら、
トトのほっぺたを両手で包み込みながら言いました。

「トト。トトも一緒に病院へお泊りしちゃったら、
お父さんが一人ぼっちでかわいそうでしょう?トトは一人ぼっちが好き?」

「・・・・・・。キライ」

鼻水をすすりながらトトが言うと、お父さんもこの作戦に乗って喋り始めました。

「おとうさん淋しいなぁ、一人でごはん食べるのかぁー。
今日はトトと一緒にカレーライスを作ろうと思ったのになぁ」

「えっ!カレーライス?」

トトは、カレーライスが大好きです。そして、カレーライスの日はいつも以上に
はりきってお母さんのお手伝いをしていたので、作り方だってちゃんと覚えているはず。
でも今までは、まだ危ないからといって一人きりで作らせてはくれませんでした。
だけど今日はお父さんと二人きり。トトだけでカレーを作るチャンスです!

**********

「じゃぁ、行ってくるわね。お父さんと、ちゃんとお留守番していてね」

「うんうん。大丈夫。いってらっしゃい」

トトはちょっとニヤニヤ。

「トトなに笑っているの??」

お母さんはトトが何を考えているか本当は知っています。でも、わざと知らんぷり。

「何でもなーい。なんでもないよー」

トトはそう言いながら、お母さんの背中を押して、早くドアの外へ出そうとしています。
お母さんは、お父さんに「よろしくお願いします」の一言を言って、
おばあちゃんのいる病院へ向かいました。 

 トトは、お母さんが玄関から出てお庭を通り、門の鍵をかけた音を聞くとすぐに
キッチンへ向かって走りました。さぁ、今日はカレーです。
カレーの材料はお母さんが出かける前に用意をしてくれました。
トトはさっそくまな板を取り出して、ジャガイモの皮をむきはじめます。
お父さんはその様子を側で心配そうに見ています。

「お父さん、大丈夫だから、あっち行ってて!」

トトはどうしてもひとりっきりで作りたい様子です。

「わかったわかった。出来上がったら教えてね、トト」

お父さんはそう言って、隣のリビングにあるソファーに腰を下ろしました。
テレビのボリュームを少し下げて、お父さんはテレビを見始めました。
でも、耳はキッチンの方に集中しています。
トトに何かあったらすぐに飛んでいけるようにです。
猫のミーヤもソファーにゴロンと横になりながらも、耳だけはキッチンの方に向いています。

 一番皮をむくのが大変なジャガイモは準備完了です。
次は『悲しい玉ねぎ』との戦いです。いつも玉ねぎを切るときには涙が出てくるので、
トトは玉ねぎの事をそう呼んでいるのです。トトは自分のこぶしの3倍くらいもある
大きな玉ねぎの皮を小さな手でむき始めました。でも、どうしてもうまくむけません。
しばらくすると、トトは悲しくなってきました。目がチカチカしてきて、涙が出そうです。

「お父さーん、大変だぁ!『悲しい玉ねぎ』の魔法に負けちゃうよぅ」

そう言いながら、お父さんのいるリビングにかけて行きます。
もちろん玉ねぎを持ったままで。

「おい、トト。頑張らなくちゃダメじゃないか。
お母さんはいつも『悲しい玉ねぎ』の魔法と戦っているんだぞ!トトも頑張らなくちゃ」

「あーん。でもダメだよぅ、コレだけはお父さんやってよー」

トトはとうとう玉ねぎをお父さんに渡して、すたこらさっさとキッチンへ戻っていって
しまいました。お父さんは、『まったくしょうがないなぁ』というような顔をしながら、
トトと一緒にキッチンに立って、玉ねぎの皮をむき始めました。
トトは、とうとうこぼれ落ちてしまった涙をティッシュで拭きながら、
今度はにんじんの皮をむいています。しばらくすると、お父さんが急に叫びました。

「アーイテテテテェ」

トトが驚いてお父さんの顔を覗き込むと、お父さんの顔は『悲しい玉ねぎ』の魔法に
やられて、本当に涙で悲しい顔になっています。

「はははははっ。お父さんも『悲しい玉ねぎ』にやられちゃったよ。
ダメだなぁ。家ではお母さんが一番強いなぁ」

そんなことを泣き笑いして言いながら、お父さんは玉ねぎの皮をちゃんとむいて、
包丁で丁度良い大きさに切ってくれました。

トトは、そんなお父さんを見ながら、笑いをこらえるのに必死です。

「なんだ、トト。笑ってるのか?」

「ううん。違うよ。違うよ。ありがとうお父さん。
玉ねぎやっつけちゃったから、もう一人で大丈夫だよ」

お父さんはまたリビングに戻って、TVを見ているふりです。

 トトはカレーに入れる野菜をすべて用意できました。そして次にお鍋の中で切った
野菜をいためていきます。まずはお肉をいためて、次に野菜をお鍋に入れます。
ゴロゴロゴロという音を立てて野菜たちがお鍋に入りました。
そのゴロゴロゴロという音を聞いて、お父さんはビックリ。トトは『大丈夫!大丈夫!』
といいながら、心配そうに見ているお父さんに笑いかけます。
ジャガイモがちょっぴり透明になるまでお鍋の中をかき回しつづけます。
お母さんがいつもそうしているように、木のへらで一生懸命に炒めています。
ちょっと腕が痛くなってきたけれど、トトは頑張ってお鍋の野菜をかき回します。
トトは無言で一生懸命。次はお水を入れてしばらく野菜を煮込む段階まで来ています。
でも、いつまでたってもトトはお鍋をかき回しつづけています。
『焦げないように、焦げないように』

しばらくして、キッチンから焦げ臭い匂いがしてくるのにお父さんは気が付きます。

「トト!?」

お父さんは慌ててキッチンへ。でもトトはまだお鍋の中の野菜をかき回しています。
野菜はみんな茶色くなっているのです。

「おいおい、トト。野菜が焦げちゃってるじゃないか!みんなまっ茶色だぞ!」

といいながら、お父さんはお鍋の中をよく見てみると、
野菜が焦げていたのではありませんでした。お鍋の中はカレー色に染まっていたのです。

「お父さん、カレーのルーを入れたから、茶色なんだよ」

トトは額に汗をかきながら、まだお鍋の野菜をかき回しています。
そうです。トトはお水を入れる前に、カレーのルーを入れてしまったのです。
自信たっぷりのトトにお父さんは『順番間違っているぞ』とは言えませんでした。

「トト、そろそろお水を入れても良いころだぞぉ」

そう言って、ヤカンにくんであったお水をトトに渡しました。
トトは重たそうに両手でヤカンを持ちながら、少しずつ水を入れていきました。

「コレくらい?」

「もう少しかな?」

「コレくらい?」

「よし、それくらいでストップ!」

そうお父さんが言ったときです。

「あれ?間違えたよお父さん」

トトはどうやら自分で間違いに気が付いたようです。

「お母さんはいつもお水を先にいれてたよ。ルーはその後だった。失敗しちゃった」

『悲しい玉ねぎ』のせいではなく、今度は本当に悲しそうな顔をするトトを見て、
お父さんは焦って言いました。

「大丈夫だよ、トト。ほら、美味しそうじゃないか!」

「本当?」

そうお父さんは言ってくれましたが、出来上がるまでは不安です。
トトはちょっと落ち込んでしまいました。そして、弱火で30分くらいグツグツとカレーを
煮込みました。トトは怖くて味見が出来ません。
もう、とっくにカレーは出来上がっているのに。

 お父さんは、トトの代わりに味見をします。恐る恐る味見をします。

「トト、トト。お前も食べてごらん!すごく美味しいぞ」

『お父さんは、自分を慰めるために言ってくれているんだ』と思いながら、
スプーンですくったカレーを口の中に入れました。するとどうでしょう。
そのカレーは、今まで食べた事の無いくらい美味しいカレーだったのです。

「美味しい!美味しいねこのカレー」

「そうだな、トト。とっても香ばしくて美味しいぞ」

そうです。間違えてカレールーを先に入れてしまったことで、
実は、とっても香ばしい美味しいカレーに仕上がったのです。

 その夜トトは、カレーを2回もおかわりしました。お父さんは3回です。
本当は二人で全部食べてしまいたかったのですが、お母さんにもトトが初めて作った
この美味しいカレーを食べさせようとほんの1杯分だけ残して『ごちそうさま』をしました。
トトとお父さんは、カレーで膨らんだお腹をさすりながら、満足そう。
『悲しい玉ねぎ』の魔法にかかってしまった事などすっかり忘れてしまったようです。
そして二人は、その日ぐっすり眠ったのでした。

**********

 次の日のお昼にお母さんが病院から帰ってきました。お父さんはお仕事があったので、
朝にはお出かけしてしまって、トトは猫のミーヤとお留守番をしていました。

「ただいま、トト」

お母さんが帰ってきました。トトは嬉しくてお母さんに飛びつきます。
ミーヤも『にゃぁ。にゃぁ』鳴きながら、トトの後をついていきます。

「あのねあのね。カレー食べて」

トトは、早く自分の作ったカレーをお母さんに食べてもらいたくてしょうがない様子です。

「上手に出来たの?カレー」

「うんうん、一人でつくったよ!あっでも『悲しい玉ねぎ』には負けちゃった」

そんなことを言いながら、トトはお母さんの手をひっぱってキッチンへ連れて行きます。
キッチンのコンロの上には、ほんの1杯分のカレーが入ったお鍋があります。

「はいはい、トト。ちょうどお昼ごはんね、トトにはサンドイッチを買ってきたのよ」

そう言いながら手を洗ってうがいをして、さあ、お昼ごはんです。
カレーを温めなおし、お皿に盛ります。香ばしい香りがキッチンに広がります。

「とっても美味しそうね、トト」

「ふふふっ」

トトはハムサンドをほおばりながら嬉しそうです。お母さんはカレーを口に運びます。
パクッと食べた瞬間、お母さんの表情が変わりました。

「まあトト、本当にトトが作ったの???本当に美味しいカレーよ」

トトはその言葉を待っていましたとばかりに、ニコニコ顔です。

「どうやって作ったの?何か特別なものを入れたの??」

「へへへ。それはヒミツ」

「まぁ、ヒミツなのね。」

お母さんはとっても嬉しそうです。トトもとっても嬉しそうです。
ミーヤも嬉しそうにテーブルの下で『にゃぁ。にゃぁ』と鳴いています。

 すっかりカレーを食べ終わって、後片付けをしながらお母さんは言いました。

「トト、作り方がヒミツだったら、この美味しいカレーを食べるには、
またトトに作ってもらわなくちゃね」

「いいよ、いっぱい作ってあげる」

トトの自慢げな顔を見ながらお母さんは、とっても幸せな気分です。
そして、そんな気分に浸りながら、ちょっぴり焦げ付いたカレーのお鍋を洗っているのでした。

おしまい

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