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新婚生活
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 いつまでが『新婚』というのだろう。結婚して1年?それとも2年?もしくは年月ではなくて、ラブラブ度が高いといつまでも『新婚』なのだろうか?そんな思いを抱きながら、結婚1周年を迎えた。2000年の春に結婚して、まさに春夏秋冬を一通り経験してきた。そんな中で気が付かされたことが沢山ある。もちろん、良い事も悪い事も。

 去年の春は、結婚式の準備でとにかく毎日が楽しかったのを覚えている。結婚生活という未知なる現実への不安に怯えながらも、式・披露宴を自分でプロデュースする事で頭がいっぱいだった。そんなてんてこまいで忙しかった毎日がウソのように、あっという間に1年が過ぎていった。でもどこかで、とても長い1年間だったと感じている。いや本当は、そちらの比重の方が多い。

 「楽しい時間は早く過ぎていく。退屈で辛い時間は長く感じる。」というのが人間の心理。その心理に当てはめたとするならば、私の新婚生活1年目は退屈で辛いものだったということになるのだろうか?そうは決して思いたくはない。

 仕事を続けている私にとってお義母さんとの同居というのは、ありがたいことだった。毎日仕事から帰ると夕ご飯は出来ている。私は、最後の仕上げをちょっと手伝ってお皿に盛り付ける。そんな生活がほぼ毎日続く。申し訳なくもあり、ありがたくもある中で、新婚生活の「し」の字も感じられないような毎日の食卓に疲れてしまう時もある。食事が終われば洗濯物をして、お風呂に入って、あっという間に寝る時間。義弟も一緒に暮らしているから、生活パターンや習慣は3対1。(ちなみにお義父さんは既に他界)どこかで私は自分自身の存在が「嫁」や「妻」というより「居候」といった風に感じるようになっていた。毎月決まった生活費をお義母さんに渡して、自分の家の食費や光熱費なんかがいくらかかっているかもまったく解からない。かと言って「教えて」というのも口を出すようで気が引ける。実際教えてもらったところで、私に管理させてもらえるわけもなく……。『同居ってこんなものなのかなぁ』と、そんな思いを心に抱きながらも毎日の生活は続いていった。

 ある日の事。私は彼と大喧嘩した。感情が高ぶっていたので正確な事は忘れてしまったけど、彼いわく私に「嫁としての自覚がない!」というのだ。確かにそれはそうだろう。「居候」としての自覚に目覚めつつあるのだから。私に足りない所があるのは良くわかっている。でも、私なりに一生懸命にやってきたつもりでいた。というか、まずは自分自身がまったくの新しい生活に慣れることでこの一年間精一杯だった。ウン十年という歳月で培われてきた生活パターンや行動、時間的感覚などなどを、ほとんどすべてゼロに戻して、まっさらな所から始めなければいけなかった。いや、まっさらならまだ良かった。既に出来上がっている彼の家庭の生活パターンに合わせなければいけないということは、この上なく大変で、この上なく精神力のいる仕事だった。今まで私がしてきたどんな難しい仕事よりも、それは大変な仕事だった。

 それは、本当に些細な違いがいくつも積み重なってできているものだ。例えば、トイレの便座はいつも上がっているとか、人参の切り方の違いとか。本当に小さく取るに足りない事だけど、そんな小さな食い違いをひとつひとつクリアしてゆくことが、私にとってはとても大変な作業なのだ。もちろん、その作業は今もまだ続いている。だから「気が利くね」と言われるような事ができるほど、まだまだ私の中に余裕は生まれてこないのだ。

 これは、いい訳であり、私の視点だけから見たわがままである事は本当はわかっている。

 きっと、私が嫁いで来た事で、お義母さんや義弟はもちろんのこと、彼自身の生活環境も変わってきているはずなのだ。少なからずともそれに対してのストレスは感じているはず。そう思うと、生活が苦しくても、同居なんてしないでアパートでも借りて彼と二人で生活すれば良かったのかなとか、今から家を出るなんて世間体があるだろうから出来ないだろうなぁとか、イロイロなことを考えながら『みんなはどうしているのだろう』と考えずにはいられない。世間でよく言われている「嫁姑戦争」なるものがあるわけでもなく、そんな経験をしている人にいわせれば、私は贅沢なのかもしれない。でもどこかで大声を出して言いたいことを言えたらどんなに楽だろうと思うことも否めない。

 結婚2年目に入った今、少しずつ余裕も出できた。今までは、彼に叱られてシュンとしているばかりだったけど、自分の言いたいことも言えそうな気もする。そうやって嫁は強くなってゆくのだろうか?

 と、ちょっと愚痴っぽい事ばかりを言ってはみたものの、やっぱり結婚て良いものだ。イロイロあるけど、ラブラブであることは確か。このラブラブ度が『新婚』の証だとしたならば、きっと私と彼は一生『新婚』のはずだ!(断言)何故って……。どうやら私たちは、周りから見てとっても落ち着いていて『新婚』らしくないらしい。何十年も連れ添った夫婦のようらしい。付き合いが長かったことと、年齢的なこともあるだろうが、自分たち自身はラブラブ新婚さんのつもり。つまり今の落ち着いた関係が私たちの『新婚』なわけ。ようするにだから、周りから見ればずっと『新婚』なのではないかな?

 そして、大切な人と一緒にいられるということは、この上なく幸せな事だと思う。朝おはようを言えることも、仕事から帰ってくると部屋に明かりが付いていることも、スポーツジムに一緒に通えることも、デートをしても一緒の家に帰れることも、広いベッドに二人で眠れることも、何もかもすべて嬉しい事ばかり。そんな嬉しいことだらけだから、ちょっとくらい辛いことがあっても大丈夫。彼がいれば大丈夫。

 そう思ってたら涙が出で来た。これからもっともっと幸せになれるっていう証の涙。これがきっと、幸せの涙。彼に出逢えて本当に良かったと、新婚生活1年目に感じる、穏やかな想い。

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