10.雪の日の出会い

 今日は、とても寒い一日だった。ロンドンではめったに雪は降らないのだが、今年は4年ぶりの雪らしい。しかも大雪。交通関係も目茶苦茶で、学校からやっとのことで寮の近くまで帰ってきたという感じ。

 夕食と暖を取るために私は、キルバーンステーション前の店でいつものようにキドニーパイをかじり、ブラックティーを飲む。ここは、私のお決まりの定食屋のような店である。ここの紅茶は美味しい。高級ホテルのアフタヌーンティーもいいけれど、素朴で味の濃いここの紅茶が私は好きだ。味が濃いというのにはわけがある。ただ単に粗雑に入れた紅茶という意味ではない。実は、イギリスで紅茶というと、一般的にはミルクティーなのである。「ア・カップ・オブ・ティー・プリーズ」とオーダーすると大抵は、ミルクティーが出てくる。つまり、ミルクを入れる前提でいれてある紅茶なので味が濃いわけだ。しかし、私はミルクが苦手。ちゃんとミルクなしと、オーダーしなければたっぷりのミルクがはいった紅茶を出されてしまうというわけだ。そしてミルクを入れない紅茶こそ、今飲んでいるブラックティーなのだ。日本ではよくストレートティーというが、ここではあまり通じない。「ブラックティー・プリーズ」と言わなければいけない。とはいうものの、この定食屋のおじさん、私の顔をすっかり覚えていて、私が店に入ってくるなり、「ラージ?orスモール?」としか聞かない。私は決まってラージをオーダーし、砂糖を3杯も入れてゆっくりと飲む。

 そうやってくつろいでいると、懐かしい日本語が耳に入ってきた。

 「すいません、日本の方ですか?」

振り向いて驚いた。頭の先からつま先まで雪で真っ白だ。外は吹雪になっていたのだ。

 「どうしたの」

 「友達の家に行きたいんだけどタクシーがつかまらなくって」

 「もし、今日タクシーつかまらなかったらうちの寮に泊めてもらえばいいよ」

 とにかく彼女の身体を暖めるのが先だと、マスターにミルクティーを一杯オーダーした。話を聞くと、彼女はまだ18歳で高校を卒業したあとこちらの大学に入学するため、下見に来ているのだそうだ。つまり、私よりも英語力は堪能というわけだ。実際、相席になった黒人に『いやーまいった、まいった』といった雰囲気でペラペラと話し始める。まるで、ネイティブスピーカーの様だ。思わず気後れしてしまう。とはいえ、やはり18歳の女の子、不安はあるらしい。今日、声をかけた日本人は私で2人目だという。

 昼間、時間を聞いただけなのに、なぜか意気投合してしまって、明日また会うという人がいるらしい。相手は私より1つ年下の男の子で、彼もまた初めてのロンドンで分からないことだらけだったらしく、英語力のある彼女にひかれた一人だ。彼女は彼を私に紹介したいと言う。、明日の待ち合わせに一緒に来てほしいとしきりに頼み込む。断る理由もなく、私は明日の2時に予定を入れた。

 やはりタクシーはつかまらなかった。寮へ戻り、ホストファザーに宿泊の許可を取り、"彼"とその仲間に初めて出会う朝を、向かえることになる。

 

11.出逢い  

 2時5分前、彼はまだ来ていないらしい。密かに「好みのタイプだったらラッキーだな」と思いつつも、表情は平常心を装っている。

 18歳の彼女がいきなり私の腕を掴み引っ張りだした。

 「あの人。あの人。」

そういって人差し指を向けた先には、少し小柄で、線の細いタイプの日本人がこっちにかって手を振っている。第一印象として、ロンドンの街にはどうもシックリこないタイプの彼だった。顔は好みではないが悪くはない。服のセンスも特に問題はないし、ヘアースタイルだってベリーショートに近い今風の形だ。しかし、どこか無理があるように思えてならなかった。

 昨日から今日の今に至るまでの経過を彼女は一生懸命説明している。とりあえず自己紹介を終え、軽い握手を交わした。イギリスに来てまで日本人の男友達を作ろうとは思わなかった私だが、こちらに3年は住んでいる友達がいるという彼の言葉に少し心引かれ、彼の話す自叙伝に耳を傾け始めた。

 イギリスに来たのは夢を叶えるためだという。中学を卒業してすぐに社会人となり、ディスコの店員から土木作業員まであらゆる職業を転々とした彼の夢は"ファッションデザイナー"になることらしい。といってもデザインの勉強を日本でしていたわけでも、ロンドンで勉強をしているわけでもない。ただ、『ファッションと言えばロンドンだ。まずその雰囲気に触れてみよう』という考えらしい。『ファッションと言えばパリかミラノでは?』という私の質問には、『言葉が全然わからないから論外だった』そうだ。かといって英語が流暢に話せるわけでもない。全く話せないと言っても過言ではない程である。

 相当、自分の実力に自信がある大物なのか、ただ無知なだけの無謀な奴なのか、私にはまだ分からなかった。どっちにしたとしても、慎重且つ、計算派の自分とは全く正反対の性格に驚いていた。

 そして、彼が実力派の大物か、無謀な奴かどうかを知ったのはそれから一週間後、彼の仲間たちと知り合い、数日間を一緒に過ごしてからだった。

 

12.仲間達

  今日は彼が、ロンドンで3年は暮らしているという仲間を紹介するということで、私達は1時にキルバーンステーションの前で待ち合わせた。18歳の彼女は、既に日本へ帰ってしまい今日ここには来ていない。日本に帰ること、私達と別れることをとても淋しく思っていたが、まあ、彼女にとってはそれで良かったと今私は思っている。  彼の仲間も、実はキルバーンに住んでいるという。駅からダブルデッカーに乗って2,3分の場所に彼らの溜り場はあった。

 玄関で、呼び鈴を鳴らす。部屋は3部屋あり、もともとは一軒家だったのをアパートとして貸し出しているので、すべての部屋にその呼び鈴の音が響くたび、1階、2階、3階、すべての部屋の住人が、窓から顔を出すという仕組み。1階からはスパニッシュ系の男性。3階からはたぶん、イランニアン系のカップルが顔を出す。そしてまったく同時と言っていいほど、一緒に「ヒロシ!ジャパニーズフレンド!!!」と叫ぶ。そして、ヒロシと思われる23・4歳くらいの日本人男性が2階の窓から顔を出した。

「よぉ、ケンジ上がれよ」

そういえば彼の名前はまだ言っていなかった。ケンジという。ヒロシにケンジ、なんともまぁ日本人らしい名前だろう。とはいうものの、私の名前「亜紀」も相当日本人らしいが。 部屋は12畳あった。備え付けのクローゼット・テーブル・ソファ、そしてダブルベッドが置かれ、窓辺には今時日本ではお目にかかれないでかいカセットデッキと無造作に置かれたカセットテープが何本かあった。トイレやバス、キッチンは共同。ここに、彼の仲間とやらが暮らしているらしい。仲間というくらいだから、何人かがここで生活しているのだろう。わたしは、ヒロシに尋ねてみた。

「ココに一人で住んでるの?」

するとヒロシは答えた。

「いや、二人で」

すかさずケンジが話に加わる。

「ユウコさんて人がいるんだけど、その人がカッコイイ人で、ロンドンにファッションの勉強をしに来てるんだって」

ユウコ?ということは女性だよなぁ。と言うことは、ヒロシの恋人?そんな風に考えていると、そのことを察したのかヒロシが話し始めた。

「ユウコさんとはロンドンに来てから知り合ったんだ。アルバイト先でね。それで意気投合して、なるたけ生活費を削減するにはっていうんで同居を始めたんだよ。だから、別に彼女とかそうゆうのじゃないんだけど・・・。今日は帰りが遅くなるみたいだけど、ユウコさんがいるときまた来ればいいよ」

「ふーん。そうなの。」 と私は納得した振りをしたものの、今一つ納得できなかった。

 自分自身にも学生時代から仲の良い男友達は何人もいて、二人きりで旅行に行ったり、家に泊まったりしているし、そうゆう男女関係が存在するということは知ってはいるが、ダブルベッドというのはいかがなものだろう・・・。やっぱり、男と女だし。うーん??なんて要らぬ想像をしながら、私は、自分自身の自己紹介も済ませた。

 

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