13.犬も歩けば・・・

 今日は、ユウコさんという人に会いに行く。ケンジがどうしてもユウコさんに私を会わせたい(私にユウコさんを会わせたい?)らしく、せっかく学校がお休みの日だというのに、朝早くから寮まで迎えに来たのだ。

「今、行くよ!ちょっとまってて」

私はパジャマから、適当な服に着替えて玄関へ降りていった。

「ちぃーす」

何とも軽いあいさつをした後、私たちはカムデン・タウンへと向かった。

 カムデン・タウンとは、日本の原宿のようなもの。それよりも、上野のアメ横や下北沢、横須賀ドブ板に近い感じだろうか。骨董品などがメインのポートペローロードマーケットとは違う、古着などが多いファッション系のマーケットだ。ここで、ユウコさんとヒロシと落ち合うことになっているらしい。

 初めてその日にあったユウコさんという人は、思っていた感じの人と全く違っていた。身長は155cmくらい。童顔で、ショートヘアがとっても良く似合う、カッコイイとか、キレイとかというより、カワイイといった感じ。年齢も、27才と言ってはいるが、どう頑張っても私と同じぐらい。なるほど、ヒロシがダブルベッドのある部屋で一緒に生活できるはずだと思った。決してそれは色気がないというわけではなく妹にしたいタイプ?と言えば良いのだろうか。ケンジの言ったカッコイイ人という言葉はどこから来るのだろう。なんて思ってしまうほどカワイイ感じの人だった。きっと彼に言わせてみれば、自分と違うことをしていれば、誰でもかれでもカッコイイ人になってしまうのかもしれない。そういえば、私に対してもカッコイイネなんて言っていた気がする。

 カムデン・タウンには私をウキウキさせるものがたくさんある。まずは、デザインが斬新な靴。今でこそ日本にもイロイロなデザインの個性的な靴があふれているが、普段、スニーカーやちょっとおしゃれをしている時の革のショートブーツぐらいしか履かない私にとって、これが本場の?ロンドンブーツか!というものから、つま先がキューピーの頭のように尖っているペニーシューズ、人間の裸足の絵をそのまま描いたブーツや、いかにも、パンクが流行った国といったようなマニアックなものが多い。

 そして、やはり古着がカッコイイ!ライダースジャケットひとつとってみてもデザインにそれほどのさはないものの、素材や色、ペインティングされている柄などがとにかく斬新。皮製品やシルバーの小物も豊富だ。バックルなんかに至っては、もう書き出せないほど・・・。

 そんな町を4人でプラプラしていた。『犬も歩けば棒に当たる』ではないが、ヒロシの日本人の友達によく会う。大抵がそれぞれを知っていて「どこそこの店に、何々がいたよ」とか「今さっき何々とすれ違ったよ」といった感じ。さすがに3年もいると、友達が増えるらしい。しかも、日本人ばかり・・・・・。

 2、3時間ほど買い物を堪能しただろうか、そろそろ小腹が空いてきた私達は、ユウコさんがお気に入りという、ケーキのおいしい喫茶店へと向かった。私は、そこでチーズケーキとセイロンティーを注文した。なかなか美味しいケーキだった。カントリーハウスをイメージさせる、木の素朴な温もりを感じる店内の雰囲気と、自然な味わいのケーキが調和していたこともあって、余計に美味しく感じたのかもしれない。それでも紅茶はあの定食屋の方が美味しいな、などと思いながらも、ポットの中すべてを飲んでしまった。要するに私は紅茶好きなのである。

 ほっと一息ついているところに、ヒロシが急に聞いてきた。

「今度の金曜日の夜何か用事ある?」

「別に何もないけど。」

寮の友達とも学校のクラスの友達とも特に何の約束もしていななった私は、そう答えた。「じゃあ、観光客は絶対行かないクラブに連れてってあげるよ」

『おっ、待ってました。そうこなくっちゃ』と思いながら私はおもいっきり頷いていた。、ロンドンに3年も住んでいる人から得る中の第一ポイントとしては、やはり観光客の行かない遊び場だ。雑誌を見ながら、結構一人でそんな所を探し回って遊びに行ってはいるが、やはり、地元?の人の情報にはかなわないだろう。実際、金曜日に連れていってもらうクラブは、雑誌にも載っていない穴場中の穴場らしい。かつて、そんなところに行きたがっていた日本の女子大生のことを思い出しながら、少し得した気分になっていた。

 おやつを終えた後、私たち日本人御一行は、また少しカムデン・タウンを少し見て回り、結構たくさんの買い物をして、それぞれの家へ帰った。

 『今日は疲れたし早く寝よう。明日も授業だ』私は、金曜日の夜を心待ちにしながら、相変わらず細く小さいベッドに横になった。

 

14.金曜日のラザニア

 今日は、観光客なんか行かない、しかもロンドン子にとってもツウな人しか行かないと言われるクラブにいく日。午前中の英会話の授業も上の空で『今日は何を着ていこうか』とか『髪型はどうする???』なんて考えていた。

 授業は土日以外毎日、朝の8:30から昼の12:00までの3時間半。前半に文法や構文的なものを学んだ後、後半でひたすら会話。もちろんアクセントをチェックされながら。今日はそれほど難しい文法やアクセントの単語もなく、無事終了。気持ちはランチタイムと夜のクラブでウキウキ。

 ランチは大抵一人で取る。週に2・3回は教室の仲間と一緒に取るが、やはり英語が唯一の言葉なので、さすがに一日中は辛い。独り言を言う時以外、一日中英語だけで過ごすこともあるが、それほど堪能でもないので、疲れるというのが正直なところ。なので、食事をするときくらいはのんびりと一人でが私は好き。もちろん今日は一人の日。理由は金曜日だから。

 ロンドンでも有名な100CLUB(ワンハンドレットクラブ)というライブハウスが、金曜日だけランチタイムの営業がある。しかも生のジャズバンドの演奏付き。もちろん、フリー。これが私はたまらなく好きで毎週金曜日の日課になっている。しかしランチのメニューはラザニアと確かサンドウィッチだけ。私はいつもラザニアをオーダーする。だから週に一度はラザニアを食べている。今日もラザニアを食べながら、ジャズの演奏を聴こうと100CLUBへと急ぐ。100CLUBの細い階段を降りていくと、チケットカウンターがある。ランチタイムはチケットは関係ないのでそのまま素通り。扉をあけると右手にバーカウンター。左手奥にランチをオーダーするカウンター(セルフサービス)そしてホール中央には舞台が設置されていてバンドマンが演奏をしている。私たち客は、その回りに配置されているテーブルへ勝手に座る。私はいつも、舞台に向かって一番左の一番後ろのテーブル。最近ではすっかり私の指定席にでもなっているかのように大抵そこは開いている。今日も運良く開いていた。

 その日のバンドは、メンバーが50歳代位のおじさん達で構成されていた。演奏の腕もなかなかのベテラン。結構人気のバンドらしく、隣のテーブルから『今週来て良かったわね』なんていう話し声が聞こえてきた。私も、ちょっと得した気分になりながら、結構ボリュームのあるラザニアをたいらげた。そして、ラザニアといつも一緒にオーダーする一杯の紅茶を飲み、ジャズを聴きながら、のんびりとしたランチタイムを過ごした。

 約1時間半、そこのクラブで時間を過ごした後、私はBootsへ立ち寄った。Bootsとは、薬や日用雑貨、化粧品などを売っているチェーン店。日本で言えばドラックストアーのようなもの。私はこのお店が大好きで、特に買うものがなくてもついついふらっと覗いてしまう。日本のドラックストアーよりはもっと洗練されていて、Bootsブランドの商品は、値段も手頃でしかも可愛い。(実は1999年の夏、日本にもとうとう進出してきた!東京に第一号店がオープンしたのだ!!)

 今日は、口紅を買うつもり。今夜のクラブで何を着て行くかをジャズを聴きながら決め、それに合う口紅をというわけだ。Bootsの入口を入ると、化粧品やバスルーム関係の独特の香りがした。デパートのブランド化粧品売場のあのケバケバしい匂いとは違い、いわゆる、シャボンやフルーツ系の香りがする。私はここのスペースが何とも好きなのだ。口紅が数多く並んでいるコーナーへと急ぐ。50種類以上はあるだろう口紅の中から、今日着ていく予定の服を思い浮かべながら、合いそうな色を一本一本丁寧に見ていく。左手の手の甲に何本もの赤やエンジ、ピンクの線が増えていく。そして選んだ一本。エンジに少しホワイトが混ざったような、スモーキープラムとでもいうのだろうか、派手にならず、地味にならずといった色を私は選んだ。それを、約3ポンド(安い!)で買い、家へと急いだ。

 

 15.ドラッグの薦め・その1  

 もうすぐ夜の8時になる。私は、ケンジが家まで迎えにきてくれるというので、それまでに夕食を済ませ、自分の部屋でのんびりしていた。白いセーターにブラックジーンズといういたって地味なスタイル。昼間Bootsで買った口紅が、ちょっと派手かな?と思えるほど。腰まであるストレートの髪は、ここぞとばかりにブラッシングをかけてサラサラだ。やはり寒いので、ジャケットは必需品。もちろんライダースジャケット。普段学校に行ったり買い物に行く時などは、気合が入りすぎていてなかなか着られないライダースも、この日ばかりははまり物という感じ。

 ビィィィ・・・。という鈍い呼び鈴の音。ケンジが迎えに来たらしい。何だか知らないが彼は私をエスコートすることが使命と思っているらしく、必ず迎えにきてくれるし、夕方遅くもない時間でも寮の前まで送り届けてくれる。それが、友達でも恋人でも、なんでもかんでも女性と接する時は、男として当たり前のことだと思っているようだ。嫌な気はいないが、ちょっと滑稽な感じもする・・・。

「ちぃす」

いつものように軽い挨拶。彼の服装もいつもとかわらない。綿のジャケットから、革のジャケットになったくらいだろうか。

「亜紀ちゃん、ライダース似合ってるね!」

「そう?実はセーターの下にはカットソー着てるの。向こうついたら脱ぐつもり」

「なるほどね。どうりでクラブ行くには地味だと思ったんだ」

「ははは、やっばり?セーターはまさに防寒着だね」

そんな会話が続く中、彼が変なことを言い出した。人との付き合い方として、出されたものはすべて口にするものだとか、それが仲間として当然だとか・・・。何事も経験が大切で、何事にも自分はチャレンジしているとか。とにかく何やらイロイロと力説し始めた。よくよく聞いてみると、それは「ドラッグ」のことらしい。つまり、私に付き合いとして、ドラッグを薦めているらしいのだ。

「はぁ・・・・。」

私は、『バカじゃんコイツ』と思いながらも、みんなもドラッグをやっているらしいことを知る。彼は、ドラッグを飲むことよりも、仲間の誘いとして、ドラッグをやらないことのほうが罪悪感を感じているようだ。しかし、外国で生活をしていて、そんなことしている日本人がいるのかと思うと、本当に情けない。溜息混じりに私は彼に答えた。

「言っとくけど、あたしはやんないよ!そんなもんなくても充分元気だからさ」

はっきりと物を言った私に、彼は少したじろいだのか「う・・・うん、でも」と言ったまま黙ってしまった。

ヒロシとユウコさんとの待ち合わせ場所は、バス停。バスをいくつか乗り継いで行くとそのクラブはあるらしい。さっきは『ドラッグなんて』と強気で言った私も、いざどこに連れてかれるか分からないのには多少不安を感じていた。『どうする、日本に帰るころにはシャブ付けになってたりしたら』なんて思いながらも、観光客の行かないというクラブへの興味はつのっていった。

 30分くらいはバスに乗っただろうか、途中2本くらい路線を変えて乗り継いで、ようやくそのクラブに辿り着いた。そこは倉庫街で、つまり使わなくなった倉庫を改造してクラブにしたという代物。一時期日本でも流行ったような再利用の方法だ。

 バスに揺られている間中。ドラッグのことを考えていた。ケンジといえば、最近ロンドンに来て、ヒロシたちと知り合ったわけで、言ってみれば私と大して変わらない観光客のような存在。しかし、ヒロシとユウコさんは3年はこっちで暮らしていて、それなりのヤバイことにも遭遇しているはず。見た目は普通の兄ちゃん姉ちゃんだけど、結構悪い人だったりして!ケンジは付き合いとしてドラッグを私に薦めているのではなく『覚悟しといたほうがいいよ』と言う意味でその話題を出したのかもしれない。そんな風に考えたりもした。もしそうなら、今の状況すごくヤバイ?かもしれない。

 クラブの入り口には、オープンを待つ若者でごった返し。もちろんその中に私達もいる。本当に観光客なんて一人もいない。日本人すら私達だけかもしれない。どんな怖い系の人たちが来ているかと思えば、ごく普通のティーンエイジャーがほとんど。ちょっと安堵感。といってもまだ分からない。

 クラブのオープンは9:00頃。並んでいる列の横には、屋台がひとつ出ていた。しかも飴屋さん。ペロペロキャンディやら、大玉キャンディなんかが綺麗な瓶詰めで並んでいる。何だかそこだけ遊園地にでも来ているような変な空間。私が、物欲しそうに眺めていると、ケンジがキャンディを買ってくれるという。『これはキャンディと見せかけたドラッグの販売だったりして!なめていると、中からジュワーッとドラッグが・・・』なんてくだらない事を考えながらも、ラムネ味のキャンディをねだる。

「4candies!」とケンジが言うが、お店のおやじは

「?????」と言った顔。

もう一度、「ラムネ味のキャンディーを4つだよ!」と叫んでも

「キャンディ????」と言うだけ。しかも少し小ばかにした感じ。

そして、「キャンディじゃないよこれは、スウィート」だよ。と教えてくれた。

そうそう、そうなのだ。キャンディはアメリカ英語で、イギリス英語はスウィートなのだ。そんなこといいじゃないか、通じるのだから。と思いつつも、屋台のおやじにブリティシュ魂を見た出来事だった。

そして、ラムネ味のキャンディ・・・いや、スウィートを食べ終わる頃、クラブの扉がオープンした。

 

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