25.歴史的時間を彷徨いたい。

 イギリスに来て、私が一番訪れたいと思っていた古代遺跡のある場所、それが、ウィルトシャー州のソールズベリー平原にある「ストーンヘンジ」。円形状にいくつもの大きな石が、無造作に、いや規則的に?並んでいる。その周りには何もない。多少起伏のある広い平原に、石が積み重なっている。日本でストーンヘンジの存在を知りとても興味をもった私は、テレビなどでストーンヘンジの特集や、古代遺跡全般のテーマで構成している番組などは必ず見ていた。イギリスが好きだということと、古代文明に興味があったことが重なり、「ストーンヘンジ」への期待感はとにかく大きかった。

 「ストーンヘンジ」は、世界遺産にも指定されている古代遺跡。紀元前3000年頃から建設されたと信じられているらしい。その後、放置されたままになっていたが紀元前2100年から紀元前1800年頃までの間に再建が始まったという歴史を持っている。

 ストーンヘンジを実際に見る前に、電話機のように備え付けられている日本語のガイドテープがあったので聞いてみたが、特に新しい情報は得られず、自分自身がなかなか「ストーンヘンジ」に詳しいらしい事が分かったというのが実際の所だった。

 「ストーンへンジ」はかつて天文時計として利用されていたという説と、宗教的な儀式の中心的な場所だったという説、そしてもっとも夢があって面白いと思う、UFOが着陸するための目印だったという説などがあって、本当の所どれが正しい答えなのか、または他に正解があるのかも分かっていない。今のところ、一番目の天文時計というのが有力らしいが、たかが天文時計を3つの時代をまたがるほどの年月をかけて、作るという意味はどこにあるのだろうと私は考えてしまった。『やっぱり宇宙人が絡んでるのかな?』などと思い、ワクワクしながら待ちに待ったストーンヘンジとの対面をした。

 しかし。それは私の期待や想像を見事に裏切ってくれた。ストーンヘンジの周りには、(それもずいぶんと距離をもたせた場所に)ロープが張り巡らされていて、観光客はただ遠くから眺めているだけしか出来ないのだ。遠くから眺めるストーンヘンジは、古代遺跡というよりはただの大きな石がゴロゴロしているようにしか見えなかった。日本でみたイロイロな番組のように私は、ストーンヘンジのど真ん中に立って大きく深呼吸をして大空を仰ぎながら歴史的時間を彷徨ってみたかったのだ。もしかすると、ロイヤルパビリオンで経験した不思議な体験がまた味わえるような気もしてたのに。非常にショックだった。今になって落ち着いて考えてみれば、世界遺産にも指定されている古代遺跡に、そう簡単に触れることはもちろん、近づく事さえままならないというのは当たり前と言えば当たり前なのだが。 そして、その景観にもショックを受けた。想像では、平原にぽつんと佇む石達といった具合だったのに、その後ろには国道も通っていて、ストーンヘンジを訪れる観光客のバスでごった返している。まさに、ただの観光地と化しているのだ。

 ロープづたいにストーンヘンジのわりをただボーっとしながら回り終えた私は、早々とそこを発ち去りたかった。あまりのショックで写真を一枚も撮っていなかったことをかろうじて思い出し、側にいた観光客の人にカメラを渡し、記念写真を一枚だけ撮ってもらった。それ以外の写真は撮る事もなく、私はカメラレンズにキャップをした。

 そしてついこの間、この文章を書くために再びストーンヘンジについておさらいしていたら、嬉しいニュースを知った。イングリッシュ・ヘリテージとナショナル・トラストによって進められている、21世紀にに向けたストーンヘンジの大改革である。まずは、その景観を損なっている国道をなくしてしまおう!という事らしい。もちろん、本当になくしてしまうのでしなく、国道をトンネルにし、地面に道路を隠してしまうことで、再び遺跡が、草原のなかに建立するように進められているというのだ。またそれだけではない。観光客のためにヴィジター・センターを別の場所へ移し、より充実した歴史資料館およびサーヴィスセンターとして改装するということも決まっている。つまり、美しい自然環境のなかで、古代に見たストーンヘンジの姿が見られるようになるのだ。ショックだった思い出が何年もの年月をかけて、今また、もう一度行きたい場所として私の心に蘇っている。

26.ウィンザー城の人形館。

 800年以上もの間、その威厳を保ち、現在もまだその佇まいのままの立派な城がある。それがウィンザー城だ。

 ロンドンから西へ列車で1時間ほどにあるウィンザーにその城はある。エリザベス女王もお気に入りで、週末をこの城で過ごすことが多いらしい。テムズ川の上流にそびえ立つこのウィンザー城の城内は、女王不在の時に限り一般見学できて、現在も公式の行事で使われているという「ステート・アパートメント」や、「アルバート記念礼拝堂」「セント・ジョージ礼拝堂」などがあり、王室の生活が覗けるという感じだ。覗くという表現もどうかとは思うが、外国にせよ日本にせよ、今まで見学したことのある城は、そのほとんどが過去のもので、実際に今も使われていることのない、いわゆる文化財的な建造物といったものだ。ここは人が行き来しているという「気」のようなものが感じられる。それを感じられるだけでも楽しみなのだが、私が是非ここを訪れたかった理由は別にある。それは、「クイーン・メアリー人形館」の存在だ。

 1924年に英国のメアリー王妃のために造られたドールハウスが展示されている「クイーン・メアリー人形館」が、今回の一番の目的だ。そのドールハウスは、聞くところによると、当時ニューデリーの都市建設を担当していたラトィエンズ卿が中心となり、一流の画家や職人を集め、一寸の狂いもない正確な縮尺でとても精密に造ったものらしい。私はワクワクしながらお目当ての人形館へ入っていった。石の廊下を進んでいくと、館内は薄暗く、思ったよりも狭い趣だ。そこにいくつもの大きなショーケースが並べられている。入り口近くのショーケースには、おそらくメアリー王妃が大切にしていたと思われる人形が何体も飾られていた。なんとなく不思議な光景だ。不気味さすら感じられる。棒のようなものに支えられて直立している人形、座っている人形。その人形は、髪の色も目の色も様々ではあるが、大抵は質の良いおそらくシルクでつくられた立派なドレスを着ている。ガラスか、クリスタルかは不明だが、とにかく暗い部屋の中でも輝きのあるその人形達の瞳に見つめられて、私はおもわず身震いをしてしまった。

 部屋の中を順路どおりにまわって行くと、丁度中央近くに置かれたショーケースに人が群がっていた。そのショーケースの周りを、右回り左回りと何度もクルクルと人が歩いている。目はショーケースに釘付けだ。ケースの中には、一軒の家(城)が建っていた。そう、まさに建設されていたという趣だった。私はこれがずっと見たいと思っていたのだ。

 このドールハウスは実物の12分の1の縮尺に基づいて造られている。当時の英国王室の暮らしや文化などをそのままに、まさに実物を魔法か何かでミニュチャアにしたような、見事な出来栄えのドールハウスだ。広々とした玄関ホールを入り、大広間、ダイニングルームへと続く。幾つものベッドルームには、美しい布で造られたベッドカバーが雰囲気を漂わせている。ベッド周りのものには、刺繍も施されているという懲りようには、私も感動した。そしてキッチンには、精密な調度品が並べられ、本当にそこでイングリッシュブレックファーストを作る事が出来そうな勢いだ。ワインセラーなんかもあり、もちろんミニチュアではあるが、本物の年代物のワインが眠っている。食堂に並べられている皿は、これまた本物の金を使って造られていて、それだけで値打ち物といった感じである。バスルームの雰囲気もなんとも言えず素晴らしい。優雅さの漂ってくる内装に思わずため息がこぼれた。その床は、大理石が使われているらしい。手で触れることが出来たならば、さぞかしヒンヤリとした感覚が楽しめるに違いない。そして、後から知ったのだが、バスルームの蛇口はからは本当に水がでる仕組みになっていたというから驚きだ。ボイラーや様々な機械関係のほとんどのものは、実際に動くものが設置されていたというのだ。

 そして、さらに驚きと興奮をもたらしたのは、図書室の書籍たちだ。本棚に並ぶいくつもの本は、その一冊一冊が革表紙で製本されていて、ちゃんと中を開くこともできる。本を読むことが好きな私にとっては、何ともいえない感動だ。『小さくて可愛い』なんて簡単な言葉では表しきれない感情に襲われてしまう。この手にとって見ることができればという思いが湧きあがり、私は今まで以上にショーケースのガラスへ顔を近づけ、その本たちの質感を楽しんでいた。古い本独特の匂いすら、私の鼻で感じ取っていた。

 おかしな話、今自分が魔法か何かにかかって12分の1の大きさにされてしまっても、きっとここなら後悔はしないだろうという気持が湧き上がってくる。昔そんな漫画やアニメ、童話などがイロイロとあったが、ぜひとも奇跡でも起きてほしいという気持だ。それこそ、永遠の夢『ドラえもん』でもいてくれたらなぁと、まじめに考えてしまった。想像は私の中でひたすら膨らむ。キッチンで美味しいアール・グレイを入れて、スコーンを焼いて、例の図書室から持ってきた本を片手に、リビングでのんびりと午後の紅茶を楽しむ。なんてステキなのだろう。小さな建築物が私に語りかけてくる。私はすっかりそのミニチュアの世界にのめり込んでしまった。時間がたつのもすっかり忘れ、私は一日の過程をその小さな家の中で思い描いていた。

 何十年という歴史を超えて感じ取れる、その当時の生活風景や文化。そんなものたちと出逢うことを許してくれたドールハウス。それは、おもちゃとしての存在価値もさることながら、歴史的な文化遺産として認めたいと私は思った。そしてそれは、こんなにも素晴らしい宝を造る事のできる、技術者・芸術家達が存在したという証でもあるのだ。きっと、これからまた何十年、何百年と月日は流れていくだろう。その中で彼ら創作者達は、自分の生きてきた存在を永遠に賛美されるのだ。そう思った私は、私も何かを残したい。今こうしてここに生きているという証を、次の時代にも残したい。そんな思いが湧きあがっていた。私には何ができるだろう。何を残せるだろう・・・・・・。

 何時間、人形館で時を過ごしたのだろうか。表へ出た私は、館内の暗い雰囲気とは一転した明るい日の陽射しで、しばらく目を開く事が出来なかった。次第に陽射しの強さに慣れてくると、私を囲むようにそびえる、城の壁がズンと目の前に現れた。ついさっきまでミニチュアの世界に没頭していたものだから、通常、原寸とされている大きさのものが、特大に感じられ、まさに魔法で自分が小さくなってしまったような感覚に陥ってしまった。これもまた楽しい経験だった。

 何かを残したいという気持を私に抱かせた、偉大なドールハウスを後にして、次の目的地へ私は向かっていた。イギリスで2番目に古い学校といわれる「イートン校」だ。いわゆるお坊ちゃま学校といわれる学校で、英国の王子たちも通ったという。私がそこへ行く目的はといえば何の事はない、ただ単にミーハーな気持だけだ。若くてかわいい男の子達を一目見ようというだけのことであった。制服がまた可愛らしいのだ。燕尾服を着た可愛い男の子たちが、本などを片手に街を歩いている姿は、まさに英国貴族といった面持ちで、見ているだけですがすがしい気持になってくる。とはいえ、私自身もつい何年か前までは高校生だったことを思い出しつつ、なんだかずいぶんオバチャンくさいことを考えている自分に気がつき、思わず一人で苦笑いした。というものの、やはり大人と子供との境にいる彼らの姿に、思いもよらずドキドキしてしまっていた。私は、風景を撮るような振りをしながら、『ああ、ジャニーズ系がいっぱい』と思いつつカメラのシャッターを切っていた。ミーハーな気持を抱きつつも、英国の風景にまた似合いすぎる彼らの姿に芸術性すら感じてしまっていた。

 ドールハウスの中で感じた『私も何かを残したい。今こうしてここに生きているという証を、次の時代にも残したい。私には何ができるだろう。何を残せるだろう・・・・・・。』という思いの初めの一歩が、まさか可愛い男の子の写真になろうとは・・・・・・。

 ロンドンから帰国して何年か後のことである。こんなニュースが飛び込んできた。

ココに新聞の記事を抜粋しておこう。

92/11/21 東京朝刊 社会面 02段 英女王の別邸ウィンザー城 白昼炎上

 【ロンドン20日=西田令一】ロンドン近郊のバークシャー州にある、エリザベス女王所有の別邸、ウィンザー城で二十日、火災が発生、同城は発生から五時間たった同日午後四時(日本時間二十一日午前一時)現在も燃え続けている。

火災発生と同時に、職員や観光客は避難誘導され、負傷者は一人にとどまった。出火当時、女王の二男アンドルー王子が同城付近にいたが、無事だった。出火場所は、女王の家族専用の礼拝堂。同城は改築工事中で、電気配線関係による失火との見方もある。

 ウィンザー城は八百五十年の歴史を持ち、居城としては現在、欧州最大で、英国名所の一つ。女王は、ほとんどの週末を同城で過ごし、二十日夜は、女王の結婚四十五周年パーティーが催される予定だった。

 アンドルー王子は記者団に対し、城内に収蔵されている絵画など美術品には大きな被害はなかったとしつつも、「城がこんなありさまになって、悲しみに堪えない。女王も衝撃を受けている」と語った。

以上東京新聞より

 

なんと大変な事が起こったものだ。と思いつつも、一番心に案じたのは、ドールハウスは無事だっただろうか?ということなのは言うまでもないだろう。

 

27.スコットランド・エジンバラ城

 これから3泊4日でスコットランド・エジンバラへ旅行だ。今までは日帰りがほとんどだったので旅行と言うよりも観光といった趣だったけど、今回は違う。しかも旅行先で訪れるつもりの場所はほとんど決めていないので、行き当たりばったりの旅行になるはずだ。私は、エジンバラのB&B(ベッド&ブレックファーストといって、その名の通り寝る所と朝食だけで格安で泊まれる宿泊施設。(日本でいう民宿みたいなもの。バストイレは大抵共同)がたくさん載っている専門誌を買い込み、片っ端から電話をした。ラッキーなことに3軒目で一人用の部屋が空いているB&Bを見つけた。急に思い立ってスコットランドへ旅行に行こうと思ったから、予約の電話を入れたのは出発の3日位前。宿泊先が決まればこっちのものと、出発の日までワクワクしながらその日が来るのを待っていた。

 観光する場所を(ある一つの場所を除いては)ほとんど決めないで行くといっても、その土地のことについて少しは分かっていないと!と思い、日本から持ってきたガイドブックのスコットランドのページにサッと目を通した。とりあえず、どうやっていけばよいのかだけを頭に入れ、前もって駅で貰っておいた時刻表を見ながら、出発は朝の6時に決定した。エジンバラ行きの始発だ。これに乗って約5時間の列車の旅を楽しめば、11時過ぎにはスコットランド・エジンバラのウェイバリー駅に到着する。

 そして、今私は5時間の長旅を終え、ウェイバリー駅のホームで大きく伸びをしている。荷物はほとんどない。ブルージーンズは4日間くらい洗わなくてもOKだし、(というか洗濯は2週間に1度まとめて、寮からバスで2停留所行ったコインランドリーでしている)下着として着ているTシャツだって、替えを一枚持ってきただけ。セーターなんかは4日間同じでもOK!という非常に着るものに無頓着な荷物だ。でも一応、女なのでショーツだけは2枚。というわけだが、着るものを減らしているには理由がある。ほとんど無い荷物のはずだが非常に重いのだ。なぜなら私には欠かせない一眼レフカメラが・・・・・・。しかも今回はカメラ用の三脚もある。そして数を数えるのも嫌になるくらいのフィルムの数・・・・・・。重いしかさばる。

 重たい荷物を背負いながら駅を出ると、左手遠くにそびえ建つ古城が目に飛び込んできた。あれがエジンバラ城だ。反り立つ岩山にその古城は建っている。周りは石の城壁で取り囲まれ、その昔イングランドとスコットランドとの間にあった激しい戦いを想像させる。エリザベス女王と王位を争って首切りの刑にあった、スコットランド女王、メアリー・スチュアートの悲劇をしのばせるその趣に、思わず圧倒されてしまった。そして、この古城の下に広がる古い町並みが、中世エジンバラの町並みを残した「オールドタウン」といわれている町だ。オールドがあれば、ニューもあるわけで、エジンバラのほぼ真中に位置する「プリンシーズ・ストリート・ガーデン」を挟んで広がるのが18世紀初めに新しい都市計画のもとに築かれたという「ニュータウン」だ。

 私はまず「オールドタウン」エジンバラ城へと足を進めた。反り立った岩山に顕在するその城への道のりとしては、きつい坂道からあるわけでも無く、すんなりとお城前の広場である「エスプラネード」という場所に到着した。すんなりとは言うもののそれば現在の観光地化されたものであって、実際はこの道のりも堅牢な門の手前が深い堀になっていて、頼りなさそうな細い橋を渡らねば入れない。そして「エスプラネード」への道だけが緩やかな斜面であり、他の周りは断固として人を寄せ着けないと言っているような断崖絶壁なのだ。それでもどうやら城内に入ってから坂道があるようだ。その広場で入場チケットを購入して、古城の中へと入っていった。

 やはり、坂はここから始まっている。城門をくぐると、急というほどの坂ではないが着実に岩山へと伸びるその坂道を、一歩一歩上っていく。左右には高くそびえる城壁が、私を見下ろしている。道幅が3メートルほどしかない事もあって、その圧迫感はものすごい。石を積み重ねて建設されたその城壁物から歴史的な重みが伝わるのを私は感じていた。カメラを構えながら、その重みに抵抗するように私は空に向かってシャッターを押す。『バシャ』という大きなシャッター音が城壁にこだまして、さらに大きく反響している。

 坂道を登りきると、砲台へと向かう階段が折り返しにある。さっきファインダーで切り取っていった空が次第に大きく広がっていく。城の北側から「ニュータウン」の方向に向けられた『アーガイル砲台』が何台も並べられているその広場の下は崖になっていて、まさに戦いのために立てられた城という趣が伝わってくる。それでも、その崖下を覗けは、「オールドタウン」と「ニュータウン」を二分する「プリンシーズ・ストリート・ガーデン」の緑が美しく見え、時は流れてゆくものだという思いは否めない。

 私はここからの風景とともに自分自身の姿もカメラに収めようと、シャッターを押してくれそうな人を捜す。私の一眼レフカメラには、オートフォーカスなんていうものはついていないから、つまりそのような昔ながらのカメラを使えそうな人を捜さなければならない。これはどこに観光に行ったときにもぶち当たる問題だった。やはり、コンパクトカメラも持ってくるんだったと後悔しながらも、首から大きな一眼レフをぶら下げているおじさんが目に入った。これ幸いと、私はそのおじさんに歩みより、シャッターを切ってもらえないかと丁寧に(もちろん英語で)頼んでみる。以前、ロンドンのクラブで私をナンパしたあの、スキンヘッドの英国紳士のように。

 おじさんは、「もちろん!」と笑顔で答えながらも私の一眼レフを手にすると、まじまじと見つめながら、「Nikon!」と叫び「いいカメラ持っているねー」を連発した。自分のカメラを誉められた私は、機嫌を良くしながら満面の笑みでそのおじさんの響かすシャッター音に酔いしれていた。

 記念撮影も無事終わり、エジンバラ城内の見学は続く。この城で一番古い建物があるという。マーガレット王妃をまつる礼拝堂だ。11世紀に建てられたその建物は、外からは石の倉のような、贔屓目に見ても美しいとはいえない代物。マーガレット王妃は本当にこんな所にまつられているのだろうかと思ったが、中の壁は白一色で美しく塗られていて、きちんと補修もされている清楚で落ち着きのあるチャペルになっていた。こじんまりとした祭壇に備えられたテーブルの上の十字架のテーブルクロス?のようなものを見ながら、外見に惑わされ『あまりキレイじゃない建物だなぁ』などと考えてしまった事を恥ずかしく思いつつ『人も建物も外見で判断してはいけないのね』とひとりつぶやきながら、エジンバラ城を後にしたのだった。

 今日は5時間もの列車の旅に多少の疲れが出ているのと、そういえばまだ朝食も昼食も食べていなかった事を思い出した私は、ロンドンで予約をしたB&Bへと歩いて向かった。B&Bはオールドタウンを奥へ奥へといった所にある。地図と睨めっこをしながら、途中のファーストフードのような店でフィッシュ&チップス、そしてキドニーパイを買って、近くのベンチで空を見上げながら今日の遅いブランチを楽しんだ。

 B&Bへの道すがら、被写体になりそうな小道を見つけてはそこに入り込み、シャッターを押しながらの移動だったので、B&Bへ辿り着いたのは夕方の5時を過ぎていた。無事チェックインした私は、夕食をブランチの残りのチップスで済ませ、明日に備えて今日はもう部屋でのんびりしようとシャワーを浴びる事にした。カバンの中から明日身に付けるつもりのTシャツとショーツを取り出す。パジャマ代わりにこれを着て眠るつもりだ。部屋の中も温かいので汚れ気味のジーンズは掃かなくてもさそうだ。しかし、ここで問題発生。入れてきたはずのショーツが見あたらない。何てことだ。荷造りの時にカメラに気を取られ過ぎてどうやら入れるのを忘れてしまったらしい。ということは、今はいているこのショーツだけが唯一の……。

 シャワーの後、自分の部屋にある洗面所で、空しくも今日はいていたショーツを洗顔石鹸でゴシゴシ洗い、部屋に備え付けられているストーブに引っ掛けて乾かしたのだった。その夜、いやスコットランドでの夜は毎日Tシャツだけといういでたちで眠りについたのは言うまでもない。妙に変な気分の夜であった。

 

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