28.カメラの原理

 無事に乾いた、たった一枚のショーツをはいて、私は洗面所で顔を洗った。今日の予定は、オールドタウンとニュータウンを行く当てもなく、とにかくブラブラすること。そして、唯一ココだけは行きたい、スコットランド・エジンバラで必ず立ち寄りたいと思っていた『カメラ・オブスキュラ』へ行く。

 『カメラ・オブスキュラ』とは、まさにカメラの原型となるもの。カメラの語源は、ラテン語の、まさにこの『カメラ・オブスキュラ』だ。そしてその意味は『中が暗い箱型の部屋』というもので、これは画家が風景を描き写す時に使った大型の部屋の事を指すという。言葉だけで説明するのはとても難しいが、人が入れるほどのでかいカメラを想像してもらえれば良いかもしれない。カメラは現代でこそ、高度で高性能な電子機器となっているが、ちょっと前まではいたって純粋な道具だったのだ。レンズにシャッター付き箱にフィルムが揃えば写真が撮れてしまう。大型の暗い箱を想像し、レンズの変わりに壁に穴をあけ、フィルムの代わりに中壁に例えばキャンバスを貼っておく。小さな穴を通して、光と共に外から入ってきた映像は、坂さまではあるが正確に映し出されるという原理だ。昔は、その映し出された映像をなぞって、絵を描いていくという方法もあったという。(説明だけでは分かりづらいと思うのでコチラをどうぞ)

そんな原始的な原理のカメラが1940年ぐらいまで使われていたというから驚きだ。それから何十年も経たないうちに、高性能な一眼レフはもちろんのこと、まさにその単純な原理を応用した使い捨てカメラなるものまで次々と誕生しているのだ。(そして21世紀となったまさに現在ではデジカメまで!)

 時代の流れの速さに驚きつつも、私は愛用のニコンFE2を肩に背負い、フィルムを何本かウエストポーチに入れて、B&Bを出発した。昨日来た道をたっぷりと時間をかけながら歩き、私は目的の場所へ辿り着く頃になると、今まで晴れていた空が、急に曇りだしてきた。ひと雨くるのだろうか?という心配をしつつ、曇った空にそびえるエジンバラ城は歴史的趣が増してますます荘厳な雰囲気に映り、私はシャッターを押した。ガシャっという重く大きな音が、曇り空に鳴り響く。

 エジンバラ城下にとても古風な塔が建っている。アウトルック・タワーだ。この塔の最上階にある部屋こそが、カメラ・オブスキュラと呼ばれる潜望鏡なのである。ここが今日の目的の場所。カメラの原理を利用したアトラクションのようなものだ。一階のお土産売り場のレジ横に今日の日程が記載されている。今からだとすると、次の回は11時からのものが丁度良い。私は、ワクワクしながらチケットを購入しようとカウンターへ進んだが、そこには何やらプレートが……。『只今、カメラ・オブスキュラは営業しておりません』と書いてある。ショックだ。すかさず係りの人に聞いてみると、天気が良くないので今の時間はオープンできないというのだ。私は、一瞬、『何だって???天気が悪けりゃ仕事ができん、とでも言うのかい??オイオイ』と思ったものの、すぐにその理由を思い出した。太陽の光がなければ、画像は映らないのだ。そうゆうことなのである。つまり、晴れるまでクローズというわけだ。係りの人は、「今日一日中こんな曇りって訳じゃなさそうだから、また午後にでも来てくれたら見られるかもしれないわ」といい、済まなそうに私の顔を見た。

 ある意味時間を潰さなければいけなくなった私は、午後に予定していた、オールドタウン、ニュータウン巡りを先にしてしまうことにした。まずは、ニュータウンの写真を撮って回ろうと、二つの街を二分している『プリンシーズ・ストリート』を渡った。

 

29.ニュータウン&オールドタウン

 ここ、ニュータウンは、都市計画に基づいて建設された現代的な街だ。区画整理が非常にしっかりとしていて、シンメトリック的に道路が造られている。日本でいえばちょうど京都の町並みと言えば分かりやすいかもしれない。方向音痴の私としては、分かりやすいようで、実は一番迷子になり易い町並みなのである。しかし都市計画とは言うものの、それは18世紀の始めに築かれたもので、ジョージ王朝風の建築物が並ぶ優雅な街並みが広がっているのだ。私はいたるところにあるそのような建物を最大の目印として、地図を片手にニュータウンの中を散策することにした。

 一番賑やかなのは、先ほど渡って来た『プリンシーズ・ストリート』だ。ニュータウンに面した通りの片側には、デパートやブティック、ホテル、レストランなどが立ち並び、なんとなく東京の銀座を思わせるような雰囲気がある。とは言うものの、今日はあいにくの日曜日。デパートやブティックのほとんどは閉まっているのだ。日本では考えられない光景だ。日曜日の、人が一番来るような稼ぎ時にお店をオープンしないなんて……。日本人は働きすぎだよく言われているが、実際のところ本当にそうなのだろうか?だって、せっかくの日曜日なのにのんびりとショッピングを楽しめないわけなのだから……。ヨーロッパの人たちはいつ買い物をしているのだろう???平日にそんな余裕があるのだろうか?ランチタイムが長いと言っても限度があるし。そんな疑問を抱えながら、私は街の奥へと足を進めていった。

 通りの名前は『ローズ・ストリート』。このストリートは、通称パブ通りとも呼ばれていて、ビクトリア王朝風のパブが軒を連ねている。ロンドン市内では、一人でパブにも入る事もあったが、カメラをぶら下げていかにも観光客風のいでたちをしている私は、なんとなく店内に足を運ぶのを遠慮してしまった。英語圏とはいえ、スコティシュ訛りをあまり良く理解できていない私としては、少々不安な事があったのも事実だ。『ローズ・ストリート』は渋谷の町を思わせるような若者の店も多く、中でも目を引いたのが、ジーンズショップだ。リーバイスとエドウィン店が並んでいる一角で、大きな看板が掛かっている。王朝時代の造りが色濃く残っている建物に、まさにアメリカを思わせる二つの看板のミスマッチが、なんとも言えず印象的だった。

 『ローズ・ストリート』を超えると、『ジョージ・ストリート』に辿り着く。このストリートに、ジョージ王朝様式の美しい建物が並んでいた。ニュータウンと言えど、やはり歴史ある街である。古き良き建造物を見上げながら、私は西へ西へと足を進めた。

 ディーン・ビレッヂは、中心街から1キロも離れていない所にある。ディーン・ビレッヂは、地方の工場労働者のための住宅地として建設された村だそうだ。細い道と、坂道が多く建物もこじんまりとしたまさに住宅地らしい。ニュータウンの街中とは違う、落ち着いた風情が感じられて、私はまたシャッターを押しつづけた。この村はカラーよりも、モノクロよりも、セピア色が良く似合う。そんな感じだ。モノクロにプリントアウトした写真をセピア色に化学変化させる行程を思い浮かべながら、私はシャッターを切るのを楽しんでいた。

 ニュータウン、そしてディーン・ビレッヂを午前中すべてを使いゆっくりと写真を撮って歩いた。そろそろ撮るような風景もなくなってきたところで、次はオールドタウンへと舞い戻っていく。再び『プリンシーズ・ストリート』を横断し、さらに歴史的風情漂う町へと入っていった。まるでストリートを隔ててタイムトラベルをしているような感覚に襲われる。

 オールドタウンのメインストリートは、一本の道がその場所ごとに名前を変えて存在する『キャノン・ゲート』『ハイ・ストリート』そして、昨日訪れたエジンバラ城へ続く『ロイヤルマイル』だ。昔こそこの『ロイヤルマイル』がエジンバラでもっても華やかな大通りであったが、現在では『プリンシーズストリート』に取って代わられてしまったらしい。現在の『ロイヤルマイル』はみやげ物や伝統工芸品のお店が建ち並ぶ、観光客相手のストリートになっているようだ。とは言うものの、その所々に<クロース>と呼ばれる小道が網目のごとく広がっていて、住居や共同階段などに通じている。なんとなく秘密めいたそれぞれの小道は、私の創作意欲を十分に掻き立ててくれた。家と家との間のトンネルのようなクロースを抜けると、急に石畳の広場が目の前に広がる。おそらく共同の中庭のようなものなのであろう。その真中には、古ぼけてはいるがしっかりとその機能は果たしていると思われる電燈が一本、高々と立って私を見下ろしている。夕方に訪れたら、さぞかし雰囲気のあるスペースではないだろうか。

 私は、自分の気に入ったクロースに出逢うと、何度も何度もシャッターを押した。シャッター音は、クロースの壁に反響して響き渡る。もちろんカラーの世界を見ているのだが、ファインダーを覗くと、何故かモノクロームの世界へと引きずられてゆく。フィルムを現像し、印画紙に焼き付けた状態を想像しながらの作業だからかもしれない。その作業を、快感と言わずして何と表現したら良いのだろうか。そんな思いを頭に巡らせながら、また新たな快感を求めて、私は夢中になってオールドタウンのクロースを歩き回った。

 肩を寄せ合うようにして並ぶドールハウスの小さなショップと日常雑貨の店。観光客をあえて寄せ付けないその雰囲気に、私は逆に引き寄せられていく。ドールハウスのショップに並べられた商品からは、歴史を感じられる。骨董とまではいかないまで、なかなか古くて、それでいて質の良さそうなものが並んでいた。もちろん、私には目利きが出来るわけもないので、その可愛らしさと精密さに感動していただけだが、ウインザーで見たメアリー人形館の、あの素晴らしいドールハウスを思い出していた。

 ドールハウスショップを出る頃には、曇り空だった空が少しだが明るくなってきたような気がした。しかし、まだ太陽は出ていない。私はもう少しオールドタウンを散策してみる事にした。

 ここオールドタウンには、スコッチ・ウィスキーの歴史や製造方法などを紹介している「ザ・スコッチ・ウィスキー・ヘリテージ・センター」がある。いわゆるウィスキーの博物館だ。アルコールが好きな私としては願ってもいない博物館。試飲もできるというから嬉しい。と、いいたい所だが、実はウィスキーは苦手なのだ。というか、苦手になってしまったのだ。

 それは、二十歳になりたての頃。大学の研究室(写真技術の専門クラス)で行った研修旅行でのこと。昼間の課外授業を終えて、お楽しみの夜の宴会がやってきた。そこで私は、ウィスキー「角瓶」の3分の2を一人で飲んでしまった。昔からお酒が強かった私は、(二十歳前の昔からとは??……時効デス。許してください。笑)まだまだ平気みたい。うん、まだまだいけるね。とロックグラスに注がれるままにグイグイと飲んでいたのだ。しかし、それは突然やってきた。普段なら酔うと眠くなるだけというのが常だったのに、急に頭がクラクラ、目がクラクラ。やっやばい・・・。そう思いながら平常心を装ってトイレへ。そして………。という有様。それでもなかなかすっきりせず、1時間はトイレの中に閉じこもっていただろうか。友達はみんな心配して、宴会を途中で切り上げてトイレの前の廊下で私が出てくるまで待ってくれている。気分も落ち着いてきた私は、外に出ようとしたが、どうもバツが悪くて……。

 結局2時間くらいはトイレの中でその夜を過ごした。その後はみんなで一つの部屋に集まり、何事もなかったかのように過ごしたが、恥ずかしく懐かしい思い出だ。そして、その夜男女関係なく一つの部屋に雑魚寝して朝を迎えた。

 私は、ウィスキーの試飲をしながらその夜のことを思い出していた。その夜、私の隣には、とても大切な友達。そして、もっとも人間として愛していた人が眠っていたことも。まさかその彼が、それから何年後かにこの世からいなくなってしまう事など知らずに。その夜はもちろん、こうしてウィスキーを舐めながら少々気分が悪くなった時も。ウィスキーを見ると今でもその思い出が蘇ってくる。

 私は、少しセンチメンタルな気分になりながら、ウィスキー博物館を後にした。

 そして、とても切ない気持になりながら、私は今この章を書き終えていた。

 

30.カメラ・オブスキュラ

  午後2時を回った頃、空に光が差してきた。これほど太陽が待ち遠しかった事はない。今のこの光を逃すものかと、私はアウトルック・タワーへと急いだ。カウンターには、午前中に会話を交わした係りの人が座っていた。私を見つけるなり笑顔になり「良かったわね!晴れて!」といいながら既に私に渡そうとチケットを手にしている。『この人は、午前中からずっと私のために天気を気にしていたのだろうか』と思うと、妙にくすぐったい気持ちになった。

 階段を上がっていくと最初のフロアにミュージアムがあった。私はチケットをちぎってもらい半券を受け取った。ミュージアムでは、スコットランドの歴史を映画で見せていたり、アウトルック・タワーの歴史・説明を始め、カメラについての説明なども見ることができる。とりあえず私は少しでも早くカメラ・オブ・スキュラの構造を実際に目にして見たいという思いで、それらの展示物などを後回しにして、一番上の展望台へと階段を駆け上っていった。

 そこは、何だか屋根裏部屋を思わせるようなこじんまりとしたスペースで、内装も特に凝ったものでもなく、白い壁そのままが剥き出しになっていた。部屋は丸い感じで、中央に直径1メートルくらいの大きな白いお皿のようなものが置いてあった。『カメラでお皿???』と首をかしげながら覗き込むと、それは陶器ではなく、紙かプラスチックか何かで出来ていることが解かった。どうやらこれがスクリーンの役割をするらしい。物欲しげに私がその皿?を覗いていると、係りの人がやってきて、「これから不思議な事が起こるわよ」といいながら、私を含め他の観光客の人たちの気を引き寄せた。

 部屋の明かりが消えた。一瞬「ohh!」という声が(私の場合は日本語の「おっ?」)上がる。しばらくすると天井に開けられた窓からの光が入っている。この光が、部屋の中央に置かれた皿のようなものにあたっている。始めはぼんやりと見えていたが、目が次第に慣れるにつれ、そこにエジンバラの街が映し出されているのが確認できた。あの天井の窓にレンズとなるような仕掛けが施されていて、こうして暗室と化したこの部屋に映像が映し出されているということなのだ。つまり、今私はカメラの中にいるということだ。いかにも日本人といった感じで首から掛けているカメラを手にしながら、『そうか、今この中にいるんだ』という不思議でそして、楽しい気持ちになっていた。

 係りの人は、一通りエジンバラの街の観光名所などを説明し終えると、一枚の白い厚紙を取り出した。一体何が起こるのだろうかと観光客は興味津々だ。他の人よりは写真の知識がある私としては、『実はあれは印画紙になっていて、超高速日光写真のように街の風景を焼き付けるのではないだろうか?』とか、『本当に印画紙だったら感光剤は何だ??特殊なものだろうか?』なんて考えながら首ををかしげていた。

 すると、係りの人は、その一枚の紙を皿の上に持っていき窓からの光(映像)をさえぎった。そして次にその紙を持ち上げる。紙によってさえぎられた光(映像)は、今度はその一枚の紙に映し出された。例えば、映画館で映写機から出る光の前に手や体を持っていくと、その手や体に映像が映し出される原理と同じだ。いたって単純でたわいもないことだが、それはなかなか興味深かった。係りの人は、その紙を自由自在に操って、街を歩く人たちを紙の上に乗せて運んでいるような演出をしたり、丸めたりそらしたりする紙の上で伸びたり縮んだりする街の映像を見せてくれた。

 他の観光客はとにかく可笑しそうに笑っていたが、私にとっては嬉しいような悔しいようなそんな気持ちになっていた。この紙(印画紙)を丸めたそらしたりしながら露光するアイディアが、以前写真専門の大学に通っていた時、作品制作の時に使用した表現方法とまったく同じだったからだ。私はなんとなく不思議な因縁のようなものを感ていた。この作品作りがきっかけで私は商業としての写真を捨て、アートとしての写真のみに没頭し始めたのだから。

 展望台でのアトラクションはあっという間に終わった。私は、観光客としての満足感と一人の写真家としての情熱、そしてライターとしての表現の難しさを抱えながら、アウトルック・タワーを後にした。明日はロンドンへ帰る日だ。そして、もう少しでイギリス自体ともお別れだ。日本に帰る日が近づいている。長いようであっという間の2ヶ月がもうすぐ終わろうとしている。この旅で私は、何かを得ることが出来たのだろうか?

 今、B&Bの部屋へ戻りカメラを磨いている。レンズを取り外し、ブロアーでホコリを取り除き『この中に私は今日いたのだ』と中を覗き込みながら。

 

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