31.ゼロからの再出発

 

ロンドンの東、約10キロ、テムズ川下流にある街「グリニッジ」。古くから商業港、軍港として栄え、今でも観光客で賑わっている。かつてお茶の運搬船として活躍した快速帆船『カティーサーク』が博物館として改造され、船や海に関するものを展示している。

そして何よりも有名なのが、グリニッジ旧天文台跡。1675年に設置された歴史多岐な天文台だ。18世紀の天文学研究になくてはならない存在だ。それと共に忘れてはならないのは、「日付変更線」の存在。180度の経線を基準にして設けた基準線。東に向かって超えるときはその日をもう一度数え、西に向かって超える場合は、次の日に変更する。それが「日付変更線」だ。1884年にワシントンで開催された万国子午線会議で、経度0度の線がグリニジを通ることが決めらたという。つまり、グリニッジが新しい一日の始まりといっても良いのかもしれない。少なくとも今の私にとっては、経度0からのスタート地点になると考えることが出来た。

 会社を辞めて自分を見つめ直すためにやってきたここロンドン。たった2ヶ月とはいうものの、様々な経験をしたロンドンでの生活が、今、走馬灯のように思い出される。飛行機の中で出逢って友達になった久美子。ロンドン初日、ユースホステルまで送ってくれたアフリカ出身の妹思いの黒人さん。ブランド物のバッグを肩に掛けて「パンクのライブへ行きたい!」と言っていた日本の女子大生。3年もロンドンで暮らしているのに未だに自分のしたいことが見つけられないドラック付けの日本人達。言葉の壁にぶつかって孤独でいた時に誕生日を祝ってくれた寮の仲間達。ロンドンを飛び出してイギリス内を巡った小旅行。挙げていけばきりがない。様々な思いをゆっくりと胸に刻むため、私は、グリニッチまでの道のりをテムズ川を渡る船で行くことに決めていた。

 出発地点は、ビッグ・ベン(ウエストミンスター宮殿<国会議事堂>の時計台)がある「ウェストミンスター・ピア」。そこからグリニッジまでは、約30分だ。船の上から眺めるビッグ・ベンもなかなか良いものだ。15分おきに、とても美しい音で鐘を鳴らし、時を告げてくれる。この2ヶ月間ですっかり見慣れたビッグ・ベンを後に、船は進んで行く。

しばらくすると、タワー・ブリッジが目に飛び込んできた。この橋がロンドンを象徴する有名な跳ね橋で、ゴシック様式の2基の尖塔が重々しくもある。週に数回中央の橋げたが八の字に開き船が行き来をしているのだ。私はまだロンドンの知識があまりなかった頃、歌にも出でくる「ロンドン・ブリッジ」が、この橋のことだと思っていたものだ。本物のロンドン・ブリッジは、タワー・ブリッジのすぐ手前にある橋で、何の個性もなく、ただの橋といった印象のものだ。

タワー・ブリッジからテムズ川沿い左に視線を移すと、ロンドン塔が見える。ロンドン塔は、政治犯の幽閉や処刑の舞台となった城砦で、ウイリアム王が築いたホワイト・タワーを中心に、次々にその時代の王達が建て増しや改築を繰り替えいていったという。ココでは、カラスが守り神とされ、塔内から飛んでいかないようにと羽を短く切られたカラスたちが飼われている。私がロンドン塔を見物した時に見たものの中で、最も心を惹かれ強い印象を受けたのは、幽閉されたものたちが石の壁を削って残した様々な言葉だ。家族を思って残した言葉。自分自身が存在していたという証として残されたいくつもの名前、処刑される日を待つだけの苦しい思い。そんな様々な言葉達が私の目に、そして声となって飛び込んできた。霊感などまったくない私でも、その寒々しい空気を感じることが出来たのだった。言葉というものは、どんな時代をも駆け抜け、国境さえの飛び越えて人々の心に、こうまでも突き刺さってくるものなのかと改めて思わされた。

私がこのたびを終え、日本に帰って続けていくであろうコピーライターという仕事も、ロンドン塔で書き残された魂の言葉のように、表現の違いはあるにせよ心を持った言葉を扱わなければいけないと思えるようになった。ロンドン塔は私にそのことを教えてくれた大切な場所となった。

 そんなことを思い返しているうちに、船はとうとうグリニッジへ到着した。旧天文台跡は、「Old Royal Observatory」として現在は博物館となっている。私は、1ポンド90ペンスを払って、チケットを購入。チケットは、博物館内のルート説明が載っていて、蛇腹折にしたパンフレットになっている。パンフレット型チケットの一番裏には、3月13日、15時17分の刻印が押されていた。新しいスタートとしてこの数字が刻まれていることになんとなく意味があるように思いながら、私は一歩一歩展示物を見ていった。天文学に詳しくない私としては、展示物そのものには何も興味が湧かなかったのは事実だが、ここに自分自身が存在していることがとても嬉しく感じられた。ここが私の未来への第一歩だという思いが、心の底から込み上げてきたのだ。

旧天文台跡を見学し終わった私は、昨日と今日の境界線に別れを告げ、グリニッジを後にした。帰り、いやここからのスタートは、船ではなく地下鉄に乗ることにし、駅へと歩いていく。地下鉄のホームにで電車がくるのを待ちながら、私は『またここに来ることがあるのだろうか?もしもそんな時が訪れるとしたなら、それはまた別の新たな出発の時なのかもしれない。前に進むことに臆病になった時ここにまた来よう。そして、何度でも私自身の新しいスタートを始めよう』そう思っていた。ここロンドンは、私にとってスタートの場所なのだから。

日本への帰国まで、あと3日。

32.ふるさと-帰るべき場所-

 帰国を明日に控え、荷物のパッキングをすべて済ませた私は、最後の最後まで、自分の目とカメラのフィルムにロンドンを焼き付けておこうと、街中を歩き回っていた。約2ヶ月間親しんだ街並みが、明日の別れを思うとまた新鮮なものに思えてくる。

 語学学校へも寄ってみる。航空チケットの関係で修学期日よりも一足先に帰る私に、友達が別れの握手を求めてきた。実際の所、学校での想い出はそれほど強い印象のものはなく、日本で通っていた語学学校と大差なかったというのが本音だ。ただ、世界各国の人たちが英語を学びに着ているということで、生徒同士の共通の言葉はまさに英語だったということくらいかもしれない。そんなこともあって私の英会話力は結構上達した。普通の生活をする上でならおそらく何の問題もなく暮らせるだろう位は。

 イギリスで生活することに憧れがあった。夢でもあった。このまま日本に帰らず、ここで生活していこうと思えば、ある程度は出来るかもしれない。もう少し居てみようか。そう考えてもいた。でも、もしもこのままここに残って生活をしていったとしても、私にはもう何も得る物は無いような気もしていた。いや、得るものが無いというのではない。古く長い歴史と文化のあるこの国から得れるものは数知れないはずだ。ただ、今の私ではまだ無理だということを感じ始めていた。きっと、得られるはずの物を受け止めるだけの「器」が無い今は、自分のやりたいことを見つけられないまま何年もここにいるあの日本人の子達と同じようになってしまうと感じていた。だから、私は予定通り日本に帰ることを決心した。

 とは言うものの、観光としての滞在はまだまだ足りなくも感じている。行っていない所がたくさんあったし、見てみたいものも数え切れないくらいだ。それを思うと名残惜しい。またいつここに来れるか先のことは分からない。もしかするとこれが最後かもしれない。もう一度ここに来るとこがあるとすれば、そのときの私はどんな私だろうか?小泉亜紀という名前のままだろうか?そして一人でここにまた来るのだろうか?一体何年後になるのだろうか?私は、ここで経験した数多くの出来事受け止めて、成長した人間になっているのだろうか?私はこの先、どんな大人になってゆくのだろう……。

 イギリスで出会うことのできた様々な自分、日本へ帰ってからの巡り逢う新しい自分を考えながらいつもの帰り道を一人で歩いている。ピカデリーサーカスからジュビリーラインで約20分、キルバーンステーションに着く。目の前にTEA45P・60Pの文字。朝も昼もさんざん飲んだのにやっぱり店に入ってしまう。世の中のおやじと言われている人たちが、一杯飲み屋ののれんを、ついついくぐってしまう気持ちが分かる気もした。

 本当の紅茶に初めて出逢うことができたのは、ここ、キルバーンステーションの目の前にある小さな定食屋だ。何のことはないただの安い紅茶だ。スモールカップ45P・ラージカップ60P、約150円程度で飲めるものである。イギリスに来たら、アフタヌーンティをジャムたっぷりのスコーンとご一緒に。とよく言うが、ここで飲めるおいしい紅茶はそれだけではない。確かに昼間飲んだフォトム・メイソンのアフタヌーンティはおいしかった。スコーン用のジャムなんか、小瓶に入ったままいくつも出てくるし、紅茶は実に上品でいかにも英国貴族、といった感じだった。

 「スモール、ブラック・ティ?」

私の顔を見るなり店のおじちゃんが言った。

 「今日は夕食もとるからラージね」

そう私が言うと、おじちゃんはニコニコしながらブラック・ティを入れてくれる。私はこんな雰囲気が大好きだ。
英国の紅茶と言えば、高貴なイメージばかりが先走るが、こんな風な紅茶だっていいものだ。

 「今日は何を食べるの?」

おじちゃんは親しげに聞いてくる。

 「うーん。ここにあるメニュー全部食べたいんだけど、迷ってしまう。」

私はいつもよりずいぶんと長い時間をかけて本日のディナーメニューを選んでいた。

 「どうしたの真剣に悩んじゃって」

おじちゃんは不思議そうに聞いてくる。

 「明日日本に帰らなきゃいけないの、だから今日で最後」

呟くように私は言った。

 「それは、寂しくなるなぁ」

ここで飲む紅茶も今日で最後だと思うと、とても残念でならなかった。また来ればいいではないかという気持ちと、やはりこのままここに住み付いてしまおうかという気持ちが混じりあっていた。そんな気持ちで私は今日のメニューを決めた。

 「キドニーパイ・ビーンズ・マッシュポテト、それからオニオンも」そして、こう付け加えた。

 「本当はまだ帰りたくないのだけど」

おじちゃんの顔は、今までのニコニコ顔から、微笑むような表情に変わった。

 「日本には家族や友達がが待っているんでしょ、帰らなきゃ。ここにはいつだって来られるんだから。君が日本に帰ってしまうのはとても寂しいけど、日本で君の帰りを待っている人たちは、君のいない日本がとても寂しく感じられたと思うよ。君もここに来た頃は、一人で寂しいと思ったときもあるだろう?寂しいと思うのは、一人でいること自体に思うのではなくて、一緒にいたいと思う人がいるからなんだと思うよ。素直になってゆっくり考えてごらん、寂しいと思ったときにいったい誰の顔が浮かんできた?」

 おじちゃんの言葉に『ありがとう』という言葉がすぐに口かららこぼれ出した。今までモヤモヤとしていた気持ちが、消えてしまったような気がした。私には、帰るべき場所があるのだ。帰らなければいけない場所があるのだ。そこでもう一度自分を磨くために努力をしなければいけないのだ。そう、いつかこの街から得られるものすべてを受け入れられるような大きな「器」を手に入れるために。

 私は、いつもよりもゆっくりとそして十分に味わって食事を終る。カップに残った紅茶をすべて飲み干し、席を立つち、ウェイトレスのおねーちゃんとコックのおにーちゃんにも別れを告げた。ドアを押し開けると冷たい空気と春の微かな香りが入り込んできた。冬がようやく終わろうとしている。私はもう一度振り返り3人に手を振った。そして、おじちゃんはいつものニコニコ顔でこう言ってくれた。

 「また、帰っておいで」

ここが、私のもうひとつのふるさとになった瞬間だった。

 

 

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