7.マイ・バースデー

 今日はバースデープレゼントを買いに行く。自分自身へのプレゼントだ。今日で22歳になる。もちろん行き先は最も気に入っているストリートマーケット、ポートベロロードだ。 プレゼント捜しに熱中するため、今日はカメラを持っていない。ダウンジャケットの内ポケットに財布を、ジーンズの前ポケットにいくらかの小銭を入れただけの、いたって身軽ないでたちを、ショーウィンドーの前を通るたびに私は横目で確認しながら、人込みの中を歩いた。

 4、5時間ウロウロしただろうか、足はくたくただ。自分へのプレゼントはまだ見付からない。

 お腹が空いてきた。そういえば今日はまだ何も口にしていないことを思い出し、フィッシュ・アンド・チップスのお店に足を運んだ。所謂、白身魚のフライとフライドポテトなのだが、ここの店の量と来たらすごい。一般的に言っても、イギリスのレストランなり、屋台なりは、日本と比べてずいぶんと量が多いというのに、それに加えてこの店は桁違いだ。フィッシュにしても全長20シはあるだろう魚丸々一匹分、チップスだって並みサイズのポテト2個分の量はしっかりある。約30分かけ、ペリエを片手に私は全てをたいらげた。 少し重たくなったお腹をさすりながら店を出た私は、プレゼントを捜すことに頭を切り替えた。それから2時間、そろそろ日が暮れる。冬はとても日が短い。寒さも増してきた、もう寮にもどろうか。疲れた足を重たげに上げながら、私はその帰り道でもプレゼントを捜し続けた。

 「ジャップ!」

浮浪者が私にやじを飛ばす。『ファック!』と、お決まりの文句を言ってやろうと思った。しかし、テイーンエイジャーの不良達なら仲良くなってしまえとも思うが、気合いの入った浮浪者は何をしでかすか分からないので、とりあえず心の中だけで叫んでおいた。といっても、おそらくその時の私は、やじを飛ばした浮浪者に対してだけでなく、プレゼントの見付からない苛立ちに対して叫んでいたのかもしれない。

 結局、プレゼントは見付からなかった。寮へもどり疲れ果てた私は、すぐベッドへ潜り込んでしまった。何となく淋しいままの気持ちで、部屋の中を何気なく見渡した。相変わらずワット数の低い豆電球の光、その光に照らされたテーブルには、枯れかかったカーネーション。そう、ずいぶん長い間飾られている枯れかかった?どうやら花は枯れていない。私はベッドから飛び起き、テーブルの上を良く見た。"Happy Birthday Dear AKI"そう書かれたメッセージカードとブーケがそこにはあった。明らかに私へのブーケだ。ドアの外で声がした。ノックの音、そして、開いたドアからみんなの歌うバースデーソング。たどたどしい日本語で 「オ・タ・ン・ジョ・ウ・ビ、オメデト」。 自分の英語力が足らずに、今まであまり話も出来ずにいたにもかかわらず、寮のみんなが私のバースデーを祝ってくれたのだ。まるで青春ドラマのような展開に私は少し戸惑った。しかし、戸惑いながらも私は嬉しい気持ちでいっぱいだった。とても暖かかった。窓の外のいつからか降りだした雪のことなど、気が付かないでいられる程の、暖かい冬のバースデープレゼントだった。

 

8.秘密の森へ

 ベッドの横にはバースデープレゼントにもらったブーケがドライフラワーにして飾ってある。今日はウィンブルドンへ遊びに行く予定だ。航空機内で知り合った"久美子"に会いに行く。いつものようにカメラと何本かのフィルムを持ち私はサッソウと部屋を出た。 22歳になって初めてのシャッターを何処で切ろうかと地下鉄に揺られながら私はワクワク考えているうちに、ウィンブルドンの駅に着いた。ここで久美子と落ち合う約束だ。 

「亜紀ちゃん!」

私を呼ぶ声がする。久美子が既に到着していた。

 「久美子ちゃん今日は何処に連れて行ってくれるの」

 期待に満ちた顔で私が言うと、久美子はもったいぶった声で言い返した。

 「まず、秘密の森に行くの。」

 「秘密の森?何それ」

 「ふっふっふ、一度迷ったら二度と生きて戻ってこれない森なんだって」

 二度と生きて帰れないとは大げさな言い方だが、今までにもこの敷地に入り、迷って帰れなくる人がいるらしい。実際のところ、ゴルフコースがあったり、ジョギングしている人がいたりと、ただの広い公園であると言ったほうが正解かもしれないのだが、その広さも馬鹿にできない、まさに"森"なのである。

 私たちは、人間の通る道を確実に歩きながら、第一の目的地へ到着した。 まるでオランダにワープして来たようだ。小振りではあるが、風車小屋の見えるその風景は、ロンドンの街中では決して見ることは出来ないだろう空気の透き通った空間だった。 久美子と私はここで何枚かの写真を撮った。カメラは久美子の持ってきたコンパクトカメラを使って撮影した。私たちは交互にお互いの写真を撮った。

私のカメラではまだシャッターを切っていない。どこで22歳最初のシャッターを切るか決めかねている。

 「亜紀ちゃんてどんな写真撮るの」

 「モノクロのアート写真が一番好きだな」私が自分のカメラのフレームを覗き込みながら頭の中でプリントをしたときの状態を想像していると、久美子が興味深げに訪ねてきた。私は話を続けた。

 「写真の大学に行ってたの。商業写真の勉強を2年間みっちりしたんだ。成績もまぁまぁだったかな。卒業したら広告関係のカメラマンになるつもりだった、もちろん最初はアシスタントからだけどね」 

久美子は近くにあったベンチに腰を下ろし私の話を聞く体制を整えている。

 「でも、卒業間近に考えが変わったんだ。」

 「どうして?」

 「卒業製作っていうのあるでしょ、それでね、今までの授業とは少し違う自分の撮りたいものを撮りたいように、そして、表現したいように撮影してみたんだ。もう、遊び感覚で。めちゃくちゃ楽しかった。出来上がった作品も自分自身すごく好きになれた。お陰で卒業展の出品作品にも選ばれたし。学生の頃なら、たとえ商品にしろ人物にしろ、撮りたいものを撮りたいように撮れていたけど、社会に出てしまえばどうしても商業ベースになって、自由に撮れないでしょ。クライアントの言う通りに撮らなきゃならないし、『是非あなたにこの商品を撮って頂きたい』って言われる程の人なら話は別だけど。」

 「それぐらいになるにはどの位かかるの?」

 「人それぞれ。一生バーゲンセールのチラシで終わる人もいれば、いろんなファッション雑誌から引っ張りだこな人だっている。地道にアシスタントから初めてカメラマンになる人もいれば、たまたま、何かの賞を取ってそれが時代にのってて、ポンと有名になってしまう人もいる。」

 「亜紀ちゃんはどっち?」

 「分からない。でも、これだけは分かったんだ。自分にとって写真て自己表現の一つなんだよね、つまり、プリントして出来上がったものは私自身なわけ、それを、とやかく言われるのはご免だって。『ここをもっとこうして』て言われるのは、『整形手術してくれ』と言われているのと同じに聞こえるんだ。私にはそれが我慢できなかった。だから、プロになるのはやめた」

 「芸術肌だったんだね」

 「そういってくれるとありがたい。本当はただの我儘なだけなのかもしれない。いろんなこと言われながら私の友達はそれでもみんな頑張っているのに。」

 「でも、今、コピーライターの仕事してるんでしょ。『コピーを書き直せ』と言われるときは我慢できるの?」

 「うん、それは平気なの。不思議なことに、苦にならない。あまり何度も言われれば、違う意味でムッとしてしまうけど、新しい自分がいくつも発見できるって感じ。写真のようにプリントされてハイ、出来上がりじゃなくて、言葉のパズルでいくつもの作品が出来上がるものだし」

 「むむ?難しいけどなんとなく分かる」

 「例えば、リンゴの広告を作りたいとするでしょ、リンゴそのものの写真を撮らなきゃいけないとする。写真ではリンゴはリンゴ。どんなアート的に撮影してもリンゴなんだよね。これが広告写真でなければ自由に変身できるけど、商品をリンゴ以外のものにしたらそれはリンゴの広告じゃなくなってしまうでしょ。でも、言葉だったら、リンゴはいろんなものに変身出来るんだよ。『子供の真っ赤なホッペ』になったり、『初恋の甘酸っぱさ』になったり、はたまた、『ジーンズで磨いた』とかイメージっぽくしたり、なにも"リンゴ"って言葉使わなくても成り立つんだもの。それに究極を言えば、リンゴという言葉を使っても、りんご・リンゴ・林檎・RINGO・アップル・・・。」

私はそう言いながら、土の上に文字を書いて見せた。

 「なるほどそうかぁ、そうなんだぁ。で今、コピーライターとして頑張ってるんだね」

 「と、思うでしょ」

 「えっ、まだ何かあるの」

 「なきゃ、ここにいないよ。」

 「何があったの」

 「あったと言っても、これまた私の中での葛藤なんだけどね。コピーライターっていってもただ文章を書くことが好きだというだけで何の勉強もしていなかった。大学時代は、写真ばっかり撮っていたし。なんとか今まではごまかせてたけど、そろそろ限界を感じてきたんだ、自分自身に。嘘の自分が嘘のコピーを書いてるっていう罪悪感にかられてしまったのさ。カメラマンをやめた理由と矛盾してるぞって思ったんだ。で、日本に帰ったら夜間のコピーライティング専門学校に通う。もちろん昼間は仕事をしながらね。実は、入学金も振り込んであるの。また、一からやり直しってことかな」

 「そのケジメとしてここに来てるんだ」

 「まぁ、そんなカッコいいものじゃないけど、一応ね」

 今までの自分自身との葛藤を人に話すにあたって大した時間は必要としなかった。あれだけ悩んであれだけ長い間、心が詰まった様な状態だったのに、今となってはまるで空洞を思わせるほどの解放感だ。しかし、その解放感は、日本に帰る日が近づくにつれて、空虚感へと変わっていくように思え、不安な気持ちになった。風はゆっくり吹いている。そんな気持ちにかられ私は、風車小屋の写真を自分のカメラで撮影することが出来なかった。

 「亜紀ちゃんにね、撮ってもらいたいものがあるの。」

 久美子が言うに、それは一本の木と、その前に置いてある古びたベンチらしい。そこが秘密の森の最終目的地なのだ。

 オランダの風景から一変して、イギリス独特の風景にもどっていった。冬にもかかわらず青々とした芝生が続く広い公園に、0.5ha ほどの池。子供たちが自作のヨットを浮かべて遊んでいる。すぐ近くには、そんな情景を上から眺めて微笑んでいるような一本の木。そして、古びたベンチ。ベンチには、恋人同志の名前がいくつも刻まれている。何組もの恋人たちがこのベンチに座り、池の前で戯れる子供たちの姿に、昔の自分やいつか二人の間に生まれるであろう小さな命に、だぶらせているのだろうか。

 私は自分のカメラを覗き込み、22歳最初のシャッターを切るため、さまざまな角度からそのベンチと一本の木を、フレームの中におさめようとした。何か変わったアングルはないかと散々悩んだあげく私は、今の自分の気持ちに正直に、ごく自然にストレートな角度のアングルを探し、カメラアイを腰のあたりに持っていくためしゃがみ込んだ。そして、ゆっくりとシャッターを切った。

 

 ウィンブルドンの町並みは、ロンドンの中心街とは異なった雰囲気を持っている。まさに閑静な高級住宅街といった感じだ。私たちはそんな町並みを歩いている。特別テニスに対して執着心があるわけでもないが、今日は観光に徹してみようというお互いの考えから、テニス場へと足を向けている。

 「私の父親がねえ、テニス気違いなんだよせっかくの休みの日くらい家でゴロゴロしてればいいのに、朝早起きしてスポーツドリンクなんか自分でこしらえちゃって、短パン姿でサッソウと出かけてくのよ、真冬でもだよ」

 「何の趣味もないようなおじさん連中に比べたら全然かっこいいよ」

 「それは、そうだけど、私がロンドンに行くって決めてからずっと、ウィンブルドンの事ばっかりで、『私が行くのはロンドンだ』っていってるのに、『ウィンブルドンかぁ』なんて言って一人でブツブツいってたり」

 「それじゃぁ今日ここに来たことなんて言ったら大変だね」

 そんな会話をしているうちにテニス場に到着した。残念なことに、『本日、センターコートの見学はお休みしております』という張り紙がしてあった。楽しみにしていた訳でもないのだが、『ふっふっふ、父親に自慢してやろう』と思っていた私としては、少し悔しく感じた。それでも、テニスの歴史などを紹介している展示物はなかなか面白く見学でき、『父親につき合ってテニスでもまじめに始めて見ようかな』という気にさせられた。

 展示会場を抜け出ると、お約束といわんばかりに、お土産コーナーにキーホルダーなどが陳列してある。私は、父親がテニス仲間に『いゃ〜娘があのウィンブルドンで買ってきたんですよ』などと自慢げに話す姿を想像しながら、白地にウィンブルドンカラーが鮮やかなVネックのセーターを誕生日プレゼントとして購入した。しかし、サイズが大きすぎたらしく、未だに一度も着てもらえていない。

 

9.NO.44の部屋

  ブリティッシュミュージアムに私はいる。これで3度目の来館になるのだが、何度来ても飽きることはない。全ての部屋を見るためには相当の時間がかかると言われているが、1度目も2度目も、思ったほど広いとは感じなかった。もちろん、今回も。ただ、時間が止まってしまうという感覚に陥る。人はその所為でこの美術館を途方もなく広いと感じるのかもしれない。

 NO.44の部屋が私は一番好きだ。この部屋の時間は長い。まさに止まっているようだ。アンティックな柱時計を始めとしたさまざまな時代の時間を表現する物たちが所狭しと並んでいる。時を打つ、"カチカチ"という乾いた音が、『今』という時間を2倍にも3倍にも膨らませる"カチカチ"の繰り返しだけを聴いているうちに、1時間は平気で過ぎていく。今日はどのくらい、時間の飽和状態を楽しんでいられるだろうか。

 "カチカチ"が四方から聞こえ、こだましている。目に見えない止まった時間を捕らえておくために、シャッターを切らずにはいられない。ただ闇雲に空間を切り取っていく。それはまるで自分が今ここに生きて、存在している証となるものを、必死になって掻き集めているかのようにも思える。

 写真を撮るとき、よく時計をモチーフとして作品を創ってきたが、自分自身何故こんなにも時計という素材に心惹かれていくのか分からずにいた。NO.44の部屋は私にその答えを教えようとしている、そんな風に感じた。

 『私は今ここに存在していて、積み重なる時間の中で生きている。それを証明できるのは他人の目でも自分自身の口でもない。きっと私の目が見た全てのものを、どう残せるかにかかっている気がする。そして私にはシャッターを切るという手段があるのだろうか。』そんなことを考えながら、またシャッターを切った。

 少し哲学しすぎたかなと自分自身に照れながら、私はNO.44の部屋を出る。ミュージアムを出ると既に日が暮れていた。

 ミュージアムの入口には必ずと言っていいほど焼栗の屋台が出ている。ロンドンに焼栗なんてあるんだ・・・と思いながらも、いつも買わずに帰ってしまっていた。カメラやフィルムをいじる手が、汚れてしまうことに躊躇してのことだった。今となっては、香ばしい薫りに誘われるまま、一度は食べておけば良かったと後悔している。日本で天心甘栗の屋台を見るたびに、私は思い出す。

 

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