第3回リレー小説―第3話

byもも

 〜仲春〜

 今日はとても天気がいい。主婦と呼ばれる人たちが私の斜め横で立ち話をしている。平日の毎朝の光景だ。ちょうど私が住んでいる目の前近辺が小学校の集団登校集合所になっていて、子供を送り出した後も何人かの母親たちが、しばらく話し込んでいるというわけだ。話の内容は大抵子供のこと。新しい学期が始まって、新一年生の母親なんかは、子供本人以上に落ち着かない様子。中には、集団登校の列にずっと付いて行き、結局学校まで一緒に行ってしまう母親もいたりする。そうかと思えば、初日に挨拶をしに顔を出しただけでその後一度も集合場所に現れない母親もいる。まぁ大抵の場合、そんな母親を持った子供のほうが、自立心のある子に育っているように思える。
長年、この風景を見てきての感想だ。

 そんなある日、いつものように集合場所にお見送りに来る母親の中に、腕に包帯を巻いて三角巾をしている人がいた。当然今日の話題はその怪我のこと。

 

 「ゆりちゃんのお母さん、どうしたのその腕」
 「ああ、これね。週末に車で事故に巻き込まれちゃったんですよ」
 「あらやだ。事故って?」
 「玉突きなんですけどね、丁度ぶつけられた時に変な風に腕でかばっちゃって。主人もムチウチになってしまって」
 「そういえば、たくま君のお母さんも以前車の事故でムチウチ症になったって言ってたけどもう大丈夫?」
 「ああ、私はもうぜんぜん。ゆりちゃんのお母さん、それにしても右手だなんて大変ねぇ」
 「そうなんですよ。家事なんてほとんど出来なくって。庖丁は使えないし、食器洗いとか特に」
 「あー。そうよねぇ。洗濯機や掃除機なら当たり前にあるけど、食器洗い器ともなるとねぇ」
 「そうそう、うちも食器洗い器ほしいわぁ。今度のボーナスで買っちゃおうかしら。ふふふ」
 「でも、たいした事故でなくて良かったですね」
 「そうなんです。毎日、毎日、平凡に何事もなく過ごしてるけど、それがどれだけありがたいことかって
 つくづく感じてしまって。主人と二人でホントにつくづく」

 

 そうか、人間はそんな風に考えるんだね。私にはわからないことかもしれない。毎日毎日何事もない平凡な毎日。十何年も同じようなものを見て、同じように感じて。同じ場所で。一度くらいはどこかに行ってみたい。だけど私はいつも見ているだけ。自分の足で歩くこともできない。自分の行きたい場所に行くこともできない。つまらない毎日。平凡な毎日。車にだって乗ったこともないから、事故になんてもちろん遭うわけもない。人間て不思議だ。せっかく名前があるのに"子供の名前+お母さん"で呼び合うのも不思議だけど、平凡がいいなんて、まったくもって不思議だ。イロイロなこと経験できることが私にはとても羨ましいと思えるのに。

 そう、私は写真屋さんのショーウィンドウに飾られている"写真"というアイデンティティ。もう十何年もここにいて、ウィンドウの外を行き交うモノたちを観察しながら日々を過ごしている。誰も私のことなど気にしない。当たり前のように私はずっとそこにいるから。たまに、通り過ぎ様私と目が合い『ふーん』といった表情を見せるモノもいるけど、それはいたって日常的で、特別変わったことでもない。毎日が、いや1年1年がいつも平凡に過ぎていく。何もない、平凡な毎日。周りだけがアクセクと動き回り、目の前の出来事をただ見つめているだけ。

 そうやってまた今年も、春が終わりに近づいている。

 

 

 〜初夏〜

 突然の雨には雨宿りの場所として提供する店先。ルートは、駅前のお弁当やからここまで、先ず走り込み、息を整えた後、5軒先向かいの薬局(兼化粧品)屋の軒下へ。そうして走っていく人間たちを目で追っていると、薬局屋のポスターと目が合う。今年は、パール系の化粧品が流行っているらしい。彼女たちはいつもキラキラと輝いていて、カラフルでとても美しい。私にはない世界だ。ちょっと羨ましく、ちょっぴり嫉妬。でも寂しいのは、仲良くなっても、いつも彼女たちは3ヶ月か半年ぐらいもすれば別のポスターに貼り替えられてしまって、二度と逢うことが出来ないということだ。

 たった一度だけ、この私も恋をしたことがある。最近では今まで以上に男性も身だしなみに気を使うようになったらしい。大抵のポスターは女性モデルばかりだったのに、ある日ステキな男性モデルのポスターが、いつものその場所に貼られていた。私の心臓はドキドキだった。毎日毎日、ドキドキしてどうにかなってしまいそうだった。清潔そうな白いシャツを着て、柔らかそうな髪はまるで風になびいているように見えた。彼の優しい眼差しが、薬局屋を通る人間の女の子たちを釘付けにする。時には、彼を手に入れようと薬局屋の店主へ頼みにいく子もいたが、大抵は断られがっくりした様子で店を出てくる。 『そう簡単にはいかないわよね』と心の中で思いながら、彼に話し掛けることも出来ない自分自身にジレンマを感じていた。それでも恋は楽しかった。恋をしていること自体が楽しいと思えた。このままずっと、この恋は続くはずだった。私の初恋であり、そしてずっと続けたいと思ったステキな恋心だった。

 でも、あっけなくそれは終わった。たった3ヶ月間の見ているだけの恋だった。そして、とても切ない恋だった。こうゆうのを失恋と呼ぶのだろうか?始まることもなく終わった初恋。しばらくの間私は、その薬局屋の方角を見るたび胸が痛んで、出もしない涙を堪えていた。だって、彼の隣にはキラキラ輝いているステキな女性が寄り添っていたのだから。

 

 

 〜夏〜

 いつだったかペンダントの落し物が届けられたことがあった。お店の前に落ちていたらしい。届けてくれたのは、かわいい小型犬を連れた10歳くらいの人間の子供で、名前は確か"なつみちゃん"。届けに来た日の、夏の陽射しのように明るくてとてもステキな女の子だった。それで名前までよく覚えている。連れられていた犬の名前までは覚えていないけど。そんな風にしてうちの店に届けられたペンダントは、しばらく私と同じようにショーウィンドウに飾られていた。[落し物です]という札と共に。

 私とペンダントはイロイロな話をした。去年の夏はとてもキレイな海へ行ったという。そこでイルカという動物と一緒に泳いだらしい。私は今まで一度もイルカという動物を見たことがなかったので、想像するのにとても苦労した。海というものすら見たこともなかったから。でも、そのペンダントは言った。「イルカって私と同じ形をしているのよ。海のイルカはもっと大きいけれどね」と。そう言いながら、ちょっと自慢げに太陽の光を反射させて、キラキラと笑って見せた。

 このまま持ち主が見つからないままだったら、私の店主はこのペンダントをどうしてしまうのだろうかと不安になったけど、幸せなことに3日もすると持ち主が自転車に乗って迎えにきてくれた。最新型の銀色をしたマウンテンバイクにまたがり、ザザッと音を立てて店の前で急停止する。以前まで乗っていた3つ前の型の黒いマウンテンバイクは、弟に譲ったらしい。その自転車は、弟を乗せてたまに店に来るけど、「ミチコなんて名前つけてもらったのよ私。なんかちょっとてれくさいね」なんて話していた。以前は黒いマウンテンバイク(ミチコさん)今は銀色のマウンテンバイク(名前はまだない)の持ち主こそが、ペンダントのご主人様というわけだ。『あっ、なんだ、相田さんちの恭子さんじゃないの』私は顔なじみの登場にちょっと顔がほころんだ。恭子さんがうちの店に来るようになったのは、去年の今頃。たくさんのフィルムを持って来て「海に潜って撮ったの!」とうちの店主に話していたっけ。その時にイロイロとアドバイスを受けてすっかり写真にはまってしまったらしい。それ以来、特別な写真を撮ると必ず店主のもとにやって来ては、長々と話していく。いつかこんな話をしていた。

 

 「店長、この風景写真に似合うフレーム探してるんだぁ」
 「私の写真仲間の先輩でとても味のあるフォトフレームを作る人がいるんだがちょっと店は遠いか。」
 「そうなんだぁ、残念。でもその人、写真は撮らないの?」
 「いや撮るよ。いい写真も撮る人でね。一度は趣味としてしか写真を撮らなくなっていたらしいんだけど、
 今はそこそこにプロとしても仕事しているんだ。もう10年ちょっとになるのかな?」
 「ふぅーん。その人の写真観てみたいなぁ」

 

 確か、そんな会話。『そうか、そういえば私もフォトフレームというものに飾られているな』と改めて気が付いた瞬間だった。いつも一緒にいすぎて見えなくなっていた現実だ。毎日の生活が何事もなく過ぎて行っていると、当たり前のものが見えなくなっていたりすることがある。『私とフォトフレームの関係って、人間で言えばどんな関係なんだろう。お互いを引立たせ合って?静かな感情で結ばれていて?でも、毎日ウィンドウの外を眺めるだけの平和な毎日。だけどそれが何となく安心。こんな何事もない平凡な生活こそが、実は本当の幸せだったりするのだろうか。いつだったか車の事故で腕を怪我した"ゆりちゃんのお母さん"て人が言っていたことって、そうゆうことなんだろうか。』なんてことを思っていると、恭子さんが店を後にして自転車にまたがった。ペンダントと私は、「きっとまた逢えるよね」と、短い間で生まれた友情を噛みしめて、別れることになった。そうして、ペンダントは笑顔でご主人様の元に帰って行った。

 

 

 〜晩秋〜

 秋の風が私に語りかける。「今年の秋祭は盛大に行われるそうよ」と。赤くなったもみじの葉を身にまとって、彼女は私の前で腰を下ろした。

 毎年秋になると行われるこの町のお祭り。町内会の寄り合いのような小さなお祭りだけど、私は毎年この時期を楽しみしている。町がいつもとは違う表情になる。中心となる公園には大きなやぐらが建てられ、和太鼓たちの合唱が始まる。その姿はここからでは見えないけど、その音は秋の風に乗って私の体にも響いてくる。町内会ごとの神輿も出る。各町会の担ぎ屋衆が、わが町会一番!と元気な掛け声と共に町を練り歩くのだ。嬉しい事に、店先の前の道もルートになっていて、その勇ましい姿を人の間から垣間見ることができる。そして私が一番好きなのは、子供たちが引く山車。小さなハッピを着こなして、捻りハチマキをしながら綱を握り締めているその姿は、何度見ても微笑ましい光景だ。今年もそれが観られるかと思うと、とても嬉しい。屋台も何軒か出て、店先のスペースは毎年綿菓子屋さんに変身する。あの、甘くて香ばしい香りもなんともいえず好きだ。

 そうそう、もちろんうちの店も大忙し。フィルムも売れるし、お祭りが終わった後も現像とプリントで店は大繁盛だ。そして、店主も当日は大忙し。自慢の一眼レフカメラを片手に町中を走り回るようにして写真を撮る。得意としているのはモノクロームの写真。本人いわく、カラーよりもモノクロのほうが、被写体の心を表現しやすいからだそうだ。何となく、解かる気もする。

 店内で声がする。店主と誰かが電話で話しているみたい。

「おお、元気か?今年も写真撮りに来るんだろう?」「うんうん。そうだな今回は50周年てこともあっていつもより派手にやるらしいよ」「そうか、分った。フィルムはこっちで調達しておくよ」「おぅ、OK!OK!それじゃあ、また連絡するよ」

 どうやら毎年この町のお祭りを撮りつづけている写真仲間の友達らしい。確か高橋さんて言ったっけ?とってもステキな女性で、写真の腕前もなかなからしい。学生時代からの付き合いで二人とも今は独身。いい友達同士って感じだ。"今は"っていうのは実は二人ともバツイチなんだ。高橋さんは毎年この時期になるとこの町にやってきて、祭りの写真を撮っていく。もちろんうちの店にも寄っていくわけだけど、彼女必ず私に「よっ、元気?」と声をかけてくれる。私の被写体となった人物をどうやら知っているみたい。でもそれ以上は何も言わない。ちょっと不思議な彼女。

 ふっと外に目を戻すと、腰を下ろしていた秋の風はいつの間にか行ってしまっていた。代わりに赤いもみじの葉を2、3枚残して。

 秋祭が終われば、もうすぐ冬がやってくるんだね。

 

 

 〜冬〜

 何だか最近、日焼けをし過ぎて色褪せ気味だと自分でも思う。今年の夏が猛暑と呼ばれていたこともあって、ウィンドウはいつもカンカン照りだったから。こんな姿を見られるのはちょっと恥ずかしい。いつもなら私を見て!と、店先を通るモノたちに訴えるのだけど。

 そんな時、店主が私に手を掛ける。ウィンドウから外すためだ。「ああ、そうか。とうとう、お払い箱なんだね」と悲しい気持ちになる。でも、流行だとか時代性だとか、そんなものもあるのかもしれない。もう十何年もここにいて、時代とのギャップを少し感じていた頃だった。だから、さよならで当然。仕方のないこと。人間にも寿命かあるように、私にもちゃんと寿命があるんだ。それは、分かっていたこと。いつかこうなると、分かっていたこと。

 フォトフレームから外された私は、一人ぼっちになった。フォトフレームの彼はいつも無口で、会話なんてめったにした事のなかった私たちだったけど、さよならともなるとやっぱり寂しい。もう二度と逢うこともないんだよね。初恋の失恋よりも何だか胸が苦しい。これって何なんだろう。不思議な感覚。不思議な感覚にのまれながら私は、店主の手からゴミ箱へと放り出される。ビリビリに切り裂かないのは、せめてもの店主の優しさなのかしら。いっそのこと、この胸の痛みが消えてしまうように、細かく細かくちぎってしまってほしかったのに。そうして私は静かにゴミ箱の中でため息をついた。

 店主は、膨大なフィルムが大切にしまってある鍵の掛かった棚から、一枚のネガフィルムを取り出した。その風景を眺めている、ゴミ箱の中の私。『今度はどんな被写体がウィンドウに飾られるんだろう』(この前撮影した振袖姿の写真かな)『フォトフレームは、彼のままなのかな』(これって嫉妬?)『さよなら、集団登校の小学生たち』(君たちの成長が見られないのが残念ね)『さよなら、初恋の人』(最期に一目逢いたかったな)『さよなら、いるかのペンダント』(また逢えると思ってたのに)『さよなら、秋の風』(あなたが運んでくれた落葉や太鼓の音は宝物でした)そんなことをぼんやりと思っているうちに、私の意識がしだいに薄れていった。

 『さよなら、私』
 『さよなら』
 『さよなら大好きなこの町』

 

 暗室の中。柴田フォトショップの店主、柴田昇は、一枚のネガフィルムから印画紙に画像を焼き付けている。フィルムはモノクロだ。モノクロでもカラー写真でも手焼きで焼くというのはとても技術がいる。大抵は機械任せのプリントだが、このショップのこだわりは、お客様の大切な思いでは心をこめて一枚一枚手焼をするということだ。

 現像液と停止液、定着液の匂いが鼻につんとくる。昇はこの匂いが好きだ。外の光を遮断した真っ暗な部屋にオレンジ色のランプ光だけがボワッと手元を照らしている。露光を済ませた印画紙を、現像液に浸けていく。先端にゴムパットのついた竹のピンセットで印画紙をつまみ、静かに液の中で揺らしていく。ゆったりと、そして丁寧に。次第にうっすらと画像が現れる。画像に滲みがないように、ゆっくりと調子を見ながら現像液の中で黒を発色させてゆく。

昇るの手が止まる。

 『今だ!』

 養われた技と感覚が写真の良し悪しを変える瞬間。昇は現像液が入ったパットから、停止液の入ったパットへ素早く印画紙を移動させる。ここで現像の進みをストップさせるのだ。この時にあきらかに気に入らないシャドウの出方なら、また露光からやり直しだ。

 「よぉーし。良さそうだぞ。よしよし」

 昇は満足そうに浮き出たその画像と被写体のディティールをオレンジ色のランプの下で確認する。続いて定着液の入ったパットへ移動。ここまで来れば後は画像を定着させて水洗、乾燥という手順を踏むだけ。水洗を終えた昇は、暗室の蛍光灯をつける。最終的な確認だ。

 「うん、一発OK!いい出来だ。」

印画紙を写真用クリップで吊るし、自然に乾燥するのを待つため、再び暗室の明かりを落とした。

 暗室の扉を開けると、冬とはいえ眩しい太陽の光が目に差し込む。入口に掛けておいた"只今プリント中しばらくお待ちください"というプレートをはずし、目をショボショボさせながら一服。昇がもっとも落ち着く至福の時だ。

 一服終えると、写真を取り外してカラになったフォトフレームを丁寧に磨いてゆく。先ほどプリントした真新しい写真を入れるために。

 

 『ここはどこかしら。』
 『ゴミ箱の中?』

 うっすらと意識を取り戻した私は、今いる自分の場所が分らないまま、数時間を過ごしていた。でも、どこか懐かしい。かつて同じような思いをしたことがあるような。ずっと昔訪れたことのあるような。でも、まだ意識がモウロウとしていて、気持ちが不安定なままだ。『ああ、もしかすると天国って所かしら?きっとそうね。きっと』

 ガチャリと音がした。真っ暗な空間に外からの光が差し込んできた。私は眩しさのあまり心の目をつぶる。少しずつ、明かりに慣れさせながら心の目を開いていく。逆光に照らされたシルエットが私に近づいてくる。『誰?神様?』目をこらしてそのシルエットを見つめる。

 そこには懐かしい顔があった。そしてその顔は、満足そうに微笑んでいた。きっと私も微笑んでいたに違いない。

 そう、店主は私を新しく焼き直してくれたのだ。何年かに一度、以前もそうしてくれたように今回もまた私を甦らせてくれた。どうしてか毎回、その時の記憶は時間と共に薄れ消えていってしまう。不思議だけど本当のこと。そして、何故か店主は新しい写真をプリントする時、新しい写真に変えることはしないで、ずっと私をウィンドウに飾ってくれている。私の被写体となった生身の人物に相当思い入れがあるのか、もしくは私の構図や表情がこの上なく気に入っているのか。私には知る由もない。永遠の謎。

 きっとそれは店主自身と私の被写体である人物を撮った"カメラ"、そしてもしかすると高橋さんだけが知る、また別のお話。

 私は、生まれ変わった瞬間の記憶を既に少しずつ失いながら、店主の手によってまたあのフレームの中におさめられていった。そうやって私は何度も生まれ変わり、新しいいくつかの"春夏秋冬"を経験していく。

 

おしまい。

だけど・・・・・・きっとどこかでつ・づ・く。

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