<今までで一番の笑顔・1>
「ブラディーメリー、少しちょうだい」 「いいよ、ウォッカがちょっと強いかもしれない」 「大丈夫」 「それじゃどうぞ」 彼女は、グラスを唇へ運んだ。 「手を見せて」 「何なの?」 彼女は不思議そうにしながらも、グラスを持っていない左手を差し出した。 「どうしたの?」 「婚約指輪・・・」 「幼稚園の子供みたいなことするのね」 彼女は優しく微笑んだ。 <今までで一番の笑顔・2> 「もしもし」 「はい」 「今からそっちへいくよ」 「ええ」 「車だから20分くらいで着くよ」 「はい、コーヒーいれて待ってます」 そう言って彼女は受話器を置き、クローゼットへと歩いていった。 しばらくするとエンジンの音が聞こえてきた。 「いらっしゃい」 彼女は、バルコニーから下を見下ろして彼に言った。 「20分もかからなかった」 「そうね、15分くらい?」 「いい匂いだね、新しいコーヒー?」 「そう、けさ開けたばっかり。さぁ上がって」 彼は、家に上がっていき、入れたてのコーヒーを2杯飲んだ後、 「何なの?」 なになの。という言葉遣いは彼女の口癖でもある。 「開けてごらん」 「はい」 まるで、幼い子供がキャンディーをもらって喜んでいるような顔をしていた。 「あっ」 「指輪のサイズ、やっと分かったから」 「少女漫画みたいなことするのね」 彼女は優しくほほえんだ。そしてこうつけたした。 「ストローの包み紙の指輪でも十分嬉しかったのよ」 その時の彼女の笑顔は、今までの中で一番だった。
※このストーリーを書くに当たってエピソードを提供してくださった友達に感謝致します。
彼は、彼女と交換したカロアミルクを一気に飲みほした。
とても甘く香ばしい薫りが、彼の喉に広がった。
彼は、側に丸まっていたストローの包みを両手でのばし、
彼女の左手に持っていった。
そして、すらっとのびた白くてしなやかな薬指に、結びつけた。
昨日買ったばかりのブルーグレーのカシミアのセーターを
素肌の上にさらっと着こなした。柔らかなカシミアの風合が彼女は好きだ。
ブルージーンズにカシミアのセーター一枚だけのシンプルなスタイルが、
彼女の美しさをより引き立たせていた。
彼の車だ。真っ赤なボルボ。ステーションワゴンタイプ。
そして、彼女の家の前でそのエンジン音は止まった。
彼は上を見上げて手を上げる。
彼女は、階段を降りていき、玄関へと歩いていった。
そして、ドアのロックを外した。
小さな包みを彼女の手のひらにのせた。
彼は彼女のその言い方がなぜか妙に好きで、その言葉を聞くために
ときどきわざととっぴなことをしてみせたりする。
多分中身がピアスであることを彼女は知っていた。
ついこの間、お気に入りだったプラチナのシンプルなピアスをなくしたことを
彼に話していたから。
彼女は、気がついていない振りをしながら包みを開けてみせた。