<人ごみ>

 

 

 今年もまた7月6日がやってきた。

 東京、台東区入谷の鬼子母神の朝顔市だ。
朝顔市は明治時代から続いている伝統ある市。
その昔、植木屋が競って大輪や変わり種の朝顔を作り
陳列したことから始まり、現在も東京の夏の風物詩として人気が高い。
朝から夜遅くまで、あんどんや立派に育った朝顔たちが
人々の目を楽しませてくれる。
入谷鬼子母神の境内や門前に朝顔の露店が100店以上も並び、
若いカップルや家族づれで賑わっていた。

 

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 「おじさん!もう一回!」

ハズレ賞品の飴玉をポケットに入れながら、彼は小銭を差し出した。

 「まだ、やるつもり?」

わたあめをほおばりながら、一緒にいた彼女が言った。
紺地に青い朝顔の柄のゆかたを着た彼女は、まさに夏に、
そして朝顔市にふさわしい姿だった。
そんな彼女は、けっして『もうやめていきましょう』とは言わない。
彼女は彼女なりに楽しんでいた。
子供だましのゲームに、21歳になる彼は、必死になっていた。
そんな光景を23歳になる彼女は、鑑賞している。

 100円玉を何枚費やしただろうか、そろそろ彼も飽きてきた様子だ。

 「行こうか」

彼は、さりげなく彼女の手を握り、その場から歩き出した。

 「今度はとうもろこしが食べたいなぁ」

 「焼きそばが先だよ」

そう言いながら、二人は人ごみの中に消えて行った。

 

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 「おじさん!もう一回!」

どこかで聞いたセリフが彼女の耳に飛び込んできた。
まだ、17.8歳くらいの若いカップルが、彼女の視界に入ってきた。
二人は仲睦まじそうに手を繋ぎながらゲームに夢中になっている。
彼女は微笑ましく、二人の光景を見つめた。

『去年の私たちも、第3者にはきっとこう映っていたのね』

そう思いながら、右手に朝顔を持ち、ひとり人ごみの中に消えて行った。

 

 

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