<必然のカクテル>

 

それは、クリスマスイブ。

彼と彼女はカジュアルなレストランでディナーを済ませた後、
前々から行きたいと二人で言っていたバーへ向かった。
外はとても気温が低く、寄り添って歩かなければ、寒さに負けてしまうほど。
それでも、街のクリスマスイルミネーションは暖かく、
そして美しく輝いていた。

二人にとって3度目のクリスマスイブ、
どちらが先に言い出したわけでもなく、
そのバーへと足は向かっていた。人通りの多い大通りを抜けて、
小さな路地をいくつか入るとその店はあった。
店の入口へ向かう地下へ降りる階段。階段の右側の壁が水槽になっている。
都会の水族館と言ったところだろうか。水槽にはサメが悠々と泳ぎ、
二人を迎え入れてくれた。

「あの海を思い出すわね」

彼女は、水槽にくっついてしまいそうなくらいに顔を近づけて言った。

「そうだね。あの時初めてサメに逢えたんだ」

「その時のあなた、とても興奮していた」

笑いながら彼女が言う。

スクーバーダイビングが趣味のひとつでもある彼らにとって、
とても自然な会話が流れていた。サメの迎えてくれた階段を降りきり、
入口のドアを開けると、そこにもまた海の中の世界が広がっていた。
バーカウンターの向こうには、壁一面に水槽が広がっている。
様々な海の生き物たちが、カウンターに座る人間の目を楽しませてくれる。

しかし、残念なことにカウンターはいっぱいだった。
残念と思いつつも、二人は、『やはり魚は海の中で見るほうが素敵だな』
などと考えてもいた。

「お客様、ラウンジのほうならお席をご用意できますが」

店員の言葉と同時に彼は、彼女の顔を伺う。
彼女は何も発する事なくただ彼に向かって微笑んだ。

「では、ラウンジで」

彼女の微笑みを合図に、彼は店員に言葉を返す。
ラウンジはとても広く、暖炉の火で暖かかった。
インテリアもなかなか凝っていて、二人はゆっくりと全体を見渡しながら、
案内された一番奥のテーブルへとついた。

メニューが運ばれてくる。彼はさっと目を通し、バーボンをオーダーした。
そして、彼は彼女に聞く。

「君は何?」

彼女はカクテルのページを真剣に見ている。
オリジナルカクテルを飲みたかった。
せっかくだから、この店にしかないカクテルを。
オリジナルのカクテルをオーダーするときは、何をベースにして、
何と合わせ、また何でアクセントをつけているかが大切な要素だ。
とはいうものの、彼女自身それほどカクテルに詳しいというわけでもない。
とりあえず

「グレープフルーツが好きなのです」

と店員に告げた。

「それでは、こちらなどいかがでしょう」

彼女は、何が使われているか説明のしてある部分に目を通した。
もちろんそこにはグレープフルーツの文字。

「それでお願いします」

「かしこまりました」

そう言って店員は下がっていった。
バーボンと同時に、彼女のオーダーしたカクテルがテーブルに届いた。
二人は静かに乾杯をする。彼女がカクテルグラスに唇をつけると、
グレープフルーツの甘く、ほろ苦く、
そして酸味のある独特の風味が口のなかに広がった。

「これ、とっても美味しい!信じられないくらいに美味しいです。
グレープフルーツ自体も、とても良いものを使っていて!」

少し興奮気味の彼女に、彼が応える。

「それは、君の今の状況にしっくりはまっているからだよ」

「今の状況?」

首をかしげながら彼女は聞き返す。

「オリジナルカクテルってね、飲む人をまず観察してからバーテンダーは
作り始めるんだよ。だから、君の今置かれている状況が、
このカクテルなのだよ、きっと」

本当の意味のオリジナルカクテルとは、そうゆうものらしい。
その店のオリジナルカクテルとして、基本の調合はあるとしても、
本物のプロは、オーダーしたお客の服装や髪型、しぐさ、雰囲気、
あらゆる面を観察して、その人に合ったカクテルを作り出すという。

「私は今このカクテルなのね」

「そうだよ」

自信ありげに彼は言う。当たり前さ!というような、
すべてを理解しているような、そんな自信に満ちた表情をしている。
その根拠はどこにあるのだろうと
彼女はなかば不思議な気持ちになりながらも、
そのカクテルの美味しさに酔いしれていた。

「そろそろ、プレゼントの時間ね」

毎年恒例になっているプレゼントの交換を二人は始めた。
まず彼女から彼へ。
彼女からのプレゼントは手編みのセーターだ。手編みといっても、
商品としてショップで売られていてもおかしくないほどの、
素晴らしい出来映えのセーターだ。彼は、毎年一枚ずつ増えてゆく、
彼女の手編みのセーターが楽しみでならない。
今年は、ダークグリーンをベースに、オリーブグリーンでポイントの柄が
配置されていたものだった。

「いい色だねこれ、とても気に入ったよ。今の自分にぴったりだと思うよ」

「そう、よかった。私がこのカクテルなら、さしずめ、あなたは今
このセーターということなのね。私本物のプロになれるかしら?」

彼女の言葉に彼は微笑みながら、プレゼントを手渡した。
手のひらに軽くのってしまうくらいの小さな箱だった。赤と緑を基調とした、
まさにクリスマス仕様といった包装紙にその箱は包まれていた。
彼女は友達に聞いたある話を思い出していた。

『ピアスだと思ったのよ。そしたら違っていたの。以前ストローの包み紙で、私の指にリングを作ってくれたのだけど、それでサイズを計ったのですって。それでこれよ』

そう言って彼女の友達は、左手の薬指に光る指輪を見せてくれたのだ。

「ここで開けてもいいの?」

「もちろん」

彼女は少し震える手を彼に気づかれないようにしながらも、
包み紙を破れないように丁寧に剥がしていき、
その小さな箱の中の真っ白なジュエリーケースを開けた。

「・・・・・。」

そこには、ダイアモンドが光っていた。
キラキラと輝く、虹色に輝くダイアモンドの指輪。
彼は、何も言えないでいる彼女に対して、少し照れながら話し始めた。

「店員が、そのカクテルをすすめた時、はっきり言ってドキっとしたよ」

「なぜ?」

彼女には何のことだか分からなかった。

「君は、カクテルの名前を見なかったの?まさに必然的というか・・・」

「グレープフルーツという文字しか、目に入ってこなかったみたい」

彼女は、本当に自分がグレープフルーツに目がないのだと
自覚するように笑いながら言葉を続けた。

「何という名前だったの?このカクテル」
「今の私自身というこの必然のカクテル」

彼は、真っ白いジュエリーボックスから指輪を取り出し、
彼女の左手の薬指にはめながら言った。

「このカクテルの名前・・・・・
『bridal story』って書いてあったんだよ」

※「今まででいちばんの笑顔」に続くプロポーズストーリーの第2弾!実話を元に書きました。

 

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